ポールダンスの大会「MISS POLE DANCE JAPAN」

競技としてのポールダンス国際大会は2005年、オランダから始まった。
現在では世界各国で、様々な種類のポールダンス大会が毎月のように開催されている。
そして日本では2011年から、「MISS POLE DANCE JAPAN」が毎年行われるようになった。
事前に動画を提出する予選があり、予選を勝ち抜いた選手は決勝に進出する。
決勝戦はチケットを買うと観覧することができ、ポールダンサーがこぞって見に行く。
そう、この大会の観覧者のほとんどは、ポールダンサーやその友人・知人・家族たちなどの関係者で埋め尽くされている。
近いジャンルだとフィギュアスケートや体操などは一般に浸透し、幅広い年齢層から認知されて大会などに足を運ぶ人も多いだろう。
ポールダンスは、最近でこそテレビなどのメディアで取り上げられるようになったけれど、それでも大会まで見に行きたい、という人はなかなかいないように感じる。そのMISS POLE DANCE JAPANに、私も出場しようとしたことが一度だけある。
そもそもまだ大会そのものの認知度も低く、出場者もそう多くはなかった。
そんな中、一緒にレッスンに通っていた知人が予選に提出する動画を撮影したと聞き、自分も挑戦してみたくなった。
大会、楽しいかもしれない、腕試し的なノリで出てみたい、と気軽な気持ちだった。

ポールダンスの大会に参加するには、まず先述の通り予選動画を撮って提出しなければいけない。
提出動画では、自分のできる限りの難しい技を詰め込み、表現力の限りを尽くし、ベストな演技と振り付けが求められる。
また、ここには戦略も必要で、例えば審査員の好きそうな技や流れを盛り込んでおくと予選に通りやすいと当時は言われていた。
外国人のポールダンス世界チャンピオンが予選審査を担当していたので、そのチャンピオンが得意としている技や、その人オリジナルの流れを盛り込んだ振り付けだと高評価を得やすい、とまことしやかに語られていた。
チャンピオンも人であるし、審査の基準があるとはいえ「心を動かす」という点においてはその人の好みが大きく関わってくる。

そんなわけで、予選動画のための曲は自分で選択し、振り付けは通っていたスタジオの先生にお願いした。
自分では考えられる振り付けが限られるし、先生の方が世界的なポールの流行りだったり外国人選手の好みを知っていたからだった。
スタジオに行き、まずは先生が考えた振り付けを一回踊ってくれる。
それを動画に撮り、同じことができるように練習する。
が、その先生が踊ってくれた時点で「私には無理だ」と思ってしまった。

予選に通るために調整された振り付けなので、まずひとつひとつの技の難易度がとても高い。
さらには、MISS POLE DANCE JAPANのルールで、スピニングポールを全体の半分ほど使わなくてはいけない、というルールをすっかり忘れていた。
スピニングポールとは、ポールそのものが回転する仕様のポールのこと。
通常のポールはスタティックポールといいい、自分で遠心力をかけてくるくる回る技を行うけれど、スピニングはほんの少し遠心力をかけただけでものすごく回転する。
さながら、人間メリーゴーランド、もしくは遊園地のティーカップのアトラクションのようなものだ。
慣れない人がこのスピニングのレッスンを1時間も受けると、吐いたり目眩でしばらく立てなくなったりしてしまうほど。
耐えず回転し続けるため、三半規管が保たない。
働いていた店ではスタティックのポールで踊っていたので、私はスピニングの練習をほとんどしたことがなかった。
けれど、大会では予選も本戦も、ステージ上に2本ポールを設置して、片方はスタティック、片方はスピニングで両方を同じくらいの割合で使わなければいけない。

予選動画の提出まであと2週間。
見せてもらった振り付けの中には、当時の私には2週間で仕上げられそうもない技がいくつも盛り込まれていた。
さらには、スピニングである。
ものすごい及び腰になった私は、無理だ、絶対無理、とおもいながらその振り付けを練習した。
その気持ちは私の所作や表情から滲み出ていたため、先生にも伝わっていて、
「今日は全然気持ちが入ってないと思うし、全体の半分も教えられてないから、次回はちゃんとやろう。」
と言われてしまった。

あまりのショックに、どうやって家に帰ったか全然思い出せない。
気がついたら暗い部屋の中で立ち尽くしていた。
先生の振り付け、無理だと思ったこと、先生に言われたことを朝まで寝ずに反芻し続けた。
大会に出てみようかな、と気軽な気持ちでいたときのわくわくや、予選通ったらどうしようかな、という浮かれた気持ちの反動がものすごかった。
眠れなかった。
そして、怖くなって、一人でわんわん泣いた。
大会に出るのはやめようと思った。

何が怖かったのか。
それは大会に出ることや、それを諦めることではない。
教えてもらった技が全然できなかったことでもない。
このままポールダンスが楽しくなくなっちゃったらどうしよう?ということが、怖くて仕方なかった。

大会に出るための振り付けも、そのためにものすごく難しい技を練習することも、誰かと競うということも、何もかも全然楽しくなかった。それに気づいていなかった。
自分の心の底から湧き出てきた動きや、感情を元にした振り付けでないこと、人から点数をつけられたり、誰かよりすごくて誰かより劣っていると決められることが耐えられなかった。
元より何かを競うのには向いていないとは思っていたけど、こんなにもしんどいとは思わなかった。
そして、今までいろんな意味で私を支え、勇気付けて、成長させてくれたポールダンスが楽しいことではなく、苦痛をともなうことに変わってしまうのではないかと、悲しく恐ろしくなった。
そんなことは絶対に嫌だ。
これからもポールをしたいし、楽しく踊りたいし、ポールをしていて辛くなるなんて絶対に嫌だ。
私には、大会は無理だし、向いてない。

もしかしたらまたいつか大会に出たいとか、誰かと競いたいとか思うかもしれない。
それは自信があるとかないとか、そういう話ではなくて、私の気質の問題なのだと思う。
ポールをしている時に、何かのために、とか、誰かより上へ、みたいな気概が私の中にはない。
強いて言えばそれは目の前にいるお客さんのためだし、自分のためであって、魂の叫びで喜びの舞で生の謳歌なので、競うためのものではない。
誰かの心の底の湖に波紋を起こすのに点数や規則をつけられたくはない。
誰かにとっては0点で、また誰かにとっては100点であったりしていい。
そんなものは、人の好みだから、どうにもならない。
こうやって書いてみると、私は万人に受けたり、誰もが目に見えて素晴らしいと思うものを作ることに対してすごくプレッシャーがあるのかもしれないな、と思った。
私の良さは、わかってくれる人がわかってくれれば嬉しいし、すべての人に迎合することは難しい。
たぶん私にとって大会に出場するということは、「全員にわかってもらわなければいけない、好いてもらわなければいけない」という大きな壁なんだと思う。
目の前のお客さんにすら伝えきれないことがたくさんあるのに、大きな舞台に立ち誰かの評価を浴びなければいけないなんて、私には恐ろしすぎる。
大会やバトルに参加しているすべてのポールダンサーを心底尊敬するし、そこで勝ち抜いていく強さを私は本当に美しいと思う。

ポールダンサーなら、言葉はいらない

2017年現在、世界中で、大会のみならず本当に様々なポールダンス関連のイベントが開催されている。
ラスベガスで毎年行われている「POLE EXPO」はその筆頭で、世界中からプロ・アマチュア問わず、ポールダンスを愛する人々が集まってくる。
週末を含んだ5日間ほどの日程の中にポールダンスの大会、スペシャルなショーケース、プールサイドパーティなど皆で盛り上がれる催しが詰め込まれている。
しかしメインはなんといっても各国の「チャンピオン」によるワークショップを受講できることだ。
平時であれば、そのチャンピオンの住んでいる場所へ行かなければ受けられないレッスンが、ラスベガスに行けば一挙に何人もの指導を受けることができる。
年に一度のポールダンスの祭典だから、世界中のチャンピオンが一堂に会する。
憧れの、YouTubeやInstagramでしか見たことのなかった素晴らしいダンサーから直接教えてもらうことのできる貴重なチャンス。
北米チャンピオンのレッスンの後はオーストラリアチャンピオンのレッスン、と贅沢極まりないレッスンのハシゴができる。
ポールダンサーにとっては夢のような話だ。

私もその夢のようなレッスンのハシゴを経験し、何よりも彼・彼女たちのポールダンスへの愛や情熱を目の当たりにして、胸が熱くなった。
イベント中はワークショップのためにホテルのワンフロアが貸し切られ、一部屋ごとに10本のポールが設置される。
人気のレッスンはあっという間に売り切れてしまう。早めに予約をして前払いしておいたので、大好きなポールダンサー・ゾラヤのレッスンを受けることができた。
国際大会で優勝、ベストエンターテイナー賞を受賞し、エキゾチックな雰囲気と力強いダンススタイルで人気を博している彼女は三人の男の子のお母さんだそうだ。
二人目を産んだ後に体型が崩れたことをきっかけにポールダンスを始め、のめり込んだ末に大会で優勝するほどの実力者になった。
しかし体のシェイプも含め、見た目からはとても母親であることは伺えない。
小柄で細身な彼女だけれど、近づいてみると腕や肩はかなり鍛えられていることがわかる。
レッスンの最中に何度も技の見本を見せてくれるのだけれど、彼女がやるとどんな難しい技も、ものすごく簡単そうに見える。
重力を感じさせず、なんでもない風にすべてをこなしてしまう。
私にも簡単にできるかな?と思って試してみるけど、全然できない。
何回か試して、やっと少しずつ完成形に近づいていく。
ゴールは遠い、けれど道はある。

生徒がたくさんいるので、実際にゾラヤが近くに来て指導してくれるまでは各自練習をする。
一本のポールを近くにいる人とシェアして使っていたので、自然と話がはずむ。
他には誰のレッスン受けるの?とか、ポール何年やってる?とか、ちょっとした会話でもポールダンサー同士だと思うとなんだか相手のことが他人じゃないように思えて、くすぐったい感じがした。
あの技痛いよね、とか、この体勢しんどい!とか、同じ痛み、ポールダンスをすることで感じられる確かな手応えを、私もあなたもいま、感じている。そういうようなことが、自然と共有できているような気がした。
中には、英語があまり話せなくて、目と目で話したり、身振り手振りで気持ちを伝えあった人もいた。
でも、お互い何を言ってるかなんとなくわかってしまう。大抵は「痛い」だから。
そして、楽しそうな笑顔。それだけあれば、言葉がなくとも、気持ちは伝わった。
ポールダンスが大好きで、お互い自分の国を離れてこんな遠いところまで来ちゃったね。
言葉もよくわかんなかったり、教えてもらってもできないことがたくさんあるけど、楽しいね。楽しもうよ。楽しいよ。
そんなような気持ちのやり取りをポールを通じてできるのが、本当に素晴らしいなと思う。

ゾラヤが近くまで来て、私に指導をしてくれる順番になった。
その時私は、本当に初歩的なんだけど、苦手で長年ほったらかしてた技の練習をしていた。
なかなか思うような形にならず、一人で唸ったり体のポジションを変えていたら、ゾラヤがすっ、と逆さになった私の足に手を添えて、力の方向を変えた。
すると、今までとは違う感覚になり、体が然るべきポジションに大幅に近づいたのを感じた。
私は本当に驚いて、どうやったの?私の体をどうやって押してくれたの?と聞いたら、
「足を手で持って引っ張る方向が違ったのよ、この角度でこうすればすごくやりやすいしキープしやすいの。」
と丁寧に教えてくれた。
今までどこのスタジオにいってもそのような指導は受けたことがなく、初歩的な技なだけに伸び悩む自分を恥じていたけど、彼女はそれをたった一瞬の指導で変えてしまった。
チャンピオンで、パフォーマンスが素晴らしいのはもちろんわかっていたけれど、指導することもこんなに上手なんだ、と心から感動した。
指導を受けたことでその技が少し綺麗な形に近づいたのを見て、彼女は笑ってYou rock!と言ってくれた。
彼女の言葉に報いたいな、Rockでありたい、というよりRockさせられるパフォーマーでありたいなと思った。
ずっとずっと、気持ちが続かなかったりしんどくなったときも今の気持ちを持ち続けたい。
いつかポールダンスをやめても、あの日のゾラヤの言葉と、一緒にポールをした仲間たちの笑顔は忘れたくない。

第8話につづく)