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フリーランス・ポールダンサー
大好きな店をクビになり、とりあえずで古巣に戻ったはいいものの、やっぱり私はポールダンスをしたかった。
ポールダンスのないお店では自分の魅力を発揮しきれないと思った。
それに、毎日3回を週6も踊っていたから、体を動かさないとなんだか気持ちが悪い。
ただ座って話すだけのお店では落ち着かない体になってしまっていた。
バニーは週3程度にとどめて、ポールができるお店を探し始めた。
都内だと六本木や歌舞伎町にその手のお店は密集している。
そして六本木のお店は、当時、トップレスやプライベートダンスなどのサービスがあるところばかりだった。
そういうお店の女の子はほとんどが外国人だし、真面目にポールダンスのショーをする雰囲気ではあまりなかった。
とにかくポールがしたい、踊れるお店を探さなければ。
夜のお店の求人サイトで検索をかけたりして、出てきたお店に片っ端からアポを取り面接に臨んだ。
そのうちの何店舗かに入らせてもらえることになり、掛け持ちしながらショーに出るようになった。
その頃には、単発のパーティの仕事なども月に数回入るようになっていた。
自分がメインゲストの、ショーケースの仕事。
平日はショークラブを掛け持ちして、週末はクラブやパーティでショーケースやGOGOポールをするようになった。
収入的にも、一つのお店で働くより掛け持ちする方が良かったし、名前を売るためにもいろいろな場所に顔を出した。
とにかく飲みあるき、たくさんの人と話し、自分がポールダンサーであることを打ち明けた。
名刺を配り、これくらいのギャラと交通費でショーをやります、こんな会場でできます、というのをわかりやすく説明した。
パーティに出演するときは、ショーの後に必ず会場に出てお客さんと交流した。現場を見てくれている人に営業するのが一番効果があるからだ。ショーの後は疲れるので楽屋に引きこもりっぱなしのダンサーもいるけれど、このころの私はどんなに疲れてもすぐにメイクを直し、名刺入れを握りしめて会場に舞い戻っていた。
まだまだポールダンスがどんなものかすら、人々に浸透していなかった頃で、それが功を奏してたくさんオファーを頂くことができた。
物珍しさから会社の忘年会や総会の出し物として使ってくれたり、結婚式の二次会で踊ったこともある。
仕事はどこにでもある。
仕事を作ろうと思えば、そこが世界の果てでも踊ることはできる。
営業と同じくらい大切なのが、自己との対話でありセルフプロデュース。
自分がどんなキャラクターなのか、自分の容姿や踊りにどんなものが求められているのか、自分自身との対話をとことん繰り返し見定めていく。
自分の良いところ、魅力、人目につくところを徹底的に洗い出し、それを最善の方法でアピールする。
それは、もしかしたら人によっては精神に異常をきたす程の辛い作業かもしれない。
良いところを知るには、自分の嫌なところにも目を向けることになる。しかし、人から見たらその嫌なところがとても魅力的だったりするかもしれない。
自分を客観視し、どのように売り出すかを決めて、常にアップデートを怠らない姿勢は、良いポールダンサーの一つの条件ではないかと思う。
つまるところ、この洗い出し作業がしっかり出来ていないと、人より一つ抜きん出た存在にはなれない。
ただ姿形が美しくポールが上手なダンサーよりも、自分の魅力をしっかり理解し、自分の世界観を持って踊っているダンサーの方が如実に売れていく。
どんな職業にもいえることかもしれないけれど、自分が何者かということを自分で見定められている人は、どこに行っても強い。
ショークラブの世界
いろいろな現場をこなしながら、仕事のあまり入らない平日はショークラブで踊る。
事前にシフトを出しておけば確実にギャラがもらえるお店の仕事は、生活を安定させるためには欠かせない。
何より定期的に出演することで、固定のファンができたり、お店の他のダンサーとのネットワークが強固になる。
お店でのショーは、普段のセルフプロデュースなショーケースとは違い、他の人が全て演出を決める。
いつもは一人で踊るけれど、お店ではみんなで踊る。
立ち位置があり、フリが決まっていて、衣装も統一されている。
人と踊るのはあまり得意ではないけれど、決まったフリで踊るのは学芸会や運動会を思い出して、ちょっと楽しい。
やはりソロとは違い、群舞には群舞の良さがある。
何より大人数でのショーケースはとても華やかだ。
女の子が同じ衣装を身にまとって同じ振り付けで踊るというだけでも見応えがある。
大所帯のアイドルにハマる人の気持ちが少しわかる気がする。見ていて楽しくなってくる。
踊っている方も、うまくフリが決まれば気持ちいし、練習は部活みたいなノリで和気藹々としていたりする。
一方で、間違えた時のプレッシャーや申し訳なさもあり、楽しさと緊張がうまい具合にないまぜになった気持ちを味わえる。
よくお客さんに
「女同士でドロドロしてるんじゃないの」
とか、
「いじめがあったりするんでしょ」
と言われるけど、少なくとも私の働いているお店では聞いたことがない。
というのも、ポールダンサーは実力主義、ポールの上手い人がひたすら尊敬され、あがめられる。
さらに同じ痛みや苦悩を味わった者同士として横のつながりも強いため、そこまでドロドロしたものは感じない。
あくまで私の観測範囲は、ですが。
ポールダンスという変わったことに精を出す者同士、少なからず連体感はあるように思う。
我の強い女たちが集まる割には、皆マイペースに自分のやるべきことをこなし、我関せずでうまいことやっているように見える。
尊重すべきところは尊重し、その上で「自分のショーが一番素敵」と思えるメンタルの強さもある程度は必要なのかもしれない。
大体、第一線でガンガン踊っているダンサーは自己肯定感が高めで、他の人と自分を比べたりしない。
自分には自分の魅力があり、それを最高だと評価しつつ、人のショーを楽しむ心の余裕がある。
それを両立させることができる。
人と自分を比べすぎるあまり、自己嫌悪に陥ったり、ものすごくストイックに練習を重ねている人もいる。
それはそれで、ものすごい強みだと思う。
何をバネにするかは人それぞれであり、たとえ発端が自己嫌悪だったとしても、自分の望む場所へ到達するまで歩みを止めないことが何より成長につながるからだ。
意識をどこに置くかに正解はないし、ただただ己が道を行くのがポールダンサーの常である。
私の場合は、ポールダンスを始めるまでダンスというものを一切やったことがなかったので、他のダンサーと自分を比べてしまい劣等感にずっと苛まれていた。
ダンスの素養もないのに、運動もしていなかったのに、私がステージに立っていいのだろうか?
数多いる、バレエや体操を基礎とした素晴らしいダンサーたちに囲まれ、自信を失っていた時もあった。
また、衣装の調達も我流だったため、素敵な衣装を身につけた他のダンサーと同じ現場に入る時は、引け目を感じることも多々あった。
私には、何ができるだろう?
ポールダンス、確かにすごいことなのかもしれないけど、自分よりもはるかに美しく踊り、きらびやかな衣装を身につけ、素晴らしいパフォーマンスをしている人がたくさんいる世界。
そんな中でも、自分を見失わずに踊り続けることができているのは、お客さんの存在があるからだと思う。
特に印象に残っているのは、最初に働いたガールズバーの照明を取り付けてくれた業者さんだった。
オープンして数日経った時に、照明の調整も兼ねて来店し、ショーを見てくれた。
ヨーロッパから取り寄せたという最新の照明器具を存分に取り付けていたので、ライティングはかなり豪華だったように思う。
こういうライトを使っているから、こんな衣装を着ると綺麗だよ、とその業者さんはアドバイスをしてくれた。
まだ衣装が少なくて、他のダンサーに比べたら見劣りするかもしれないですね、と言い訳する私に、その人は「あなたが見せたいのは衣装じゃないでしょう?」と言った。衣装はあくまで衣装なんだから、あなたが踊れば場が華やかになるんだよ。あなたが見せたいものを踊っていることが大事なんだよ、と。
それから私は他人と比べることをやめた。
他のダンサーを意識することをやめ、目の前にいるお客さんを楽しませ、喜ばせ、そして何より自分が楽しく踊ることに注力するようにした。
自分が楽しくなかったら、意味がないし、ポールダンスを辞めるとしたら楽しくなくなった時だと思う。
その場にいるお客さんを意識しすぎて、どんな風に踊るかめちゃめちゃ迷う日もある。けれどそういう時は、初心に立ち返り、まずは自分が楽しく踊れる曲を選ぶようにしている。
結果として自分の気持ちが乗ることが、その場を沸かせることにつながると肌で感じている。
ポールダンサーは良い意味で変わった人、マイペースな人が多い。
というか、ポールダンスを始めたことによって、変わっていくのかもしれない。
今まで、ただ地上を歩くだけでは知ることのなかった感覚を覚え、宙に浮き、逆さまの世界を見る。
自分の腕だけで自分の体を支える確かな感触や、ポールに登り高い視点からはるか下を見下ろす瞬間。
トリックが決まり、音と重なり、パフォーマンスを賞賛する拍手を浴びながら呼吸を整える。
ポールダンスをすることがなかったら味わうことのなかった全ての感覚が、人を少しずつ変えていく。
ポールダンスはどこで習えるのか
都内には現在7~8か所のポールダンス専門スタジオがあり、そこではアマチュアから専業ポールダンサーまでたくさんの老若男女が日々ポールダンスに励んでいる。
そんなにスタジオがあって一体何を基準に、習う場所を選ぶのか?と問われれば、それは単純に家から近いとか、そんな理由が多いように思える。
または憧れの先生がいるとか、レッスン料金が安いとか、スタジオが新しくてきれいだとか、そう大層なものでもない。
そこに集まった人々は、同じスタジオで苦楽を共にし、痣を作りながら学んだ同士としてより一層絆を深めていく。
深夜から朝の安い時間帯に共同でスタジオを借りてみんなで練習をしたり、発表会の前に集まったりすると、まるで部活のような連帯感が生まれる。
学生に戻ったみたいで楽しい、と深夜練や発表会に参加する人は言う。
ポールを習いたい人は何もプロになりたい人ばかりではない。単なる趣味の人が大半のはずだ。
それでも、単なる趣味で始めたのにいつの間にかプロフェッショナルになっていたり、世界チャンピオンになったり、ポールのスタジオを立ち上げたりしている人もいる。
それだけポールダンスには何かのめり込んでしまう魅力があるのだけは確かだ。
レッスン料金は、平均して1レッスン3000円前後が多い。
月謝制やコース制のスタジオもあるし、ドロップインといって1回ずつ単発で参加できるところもある。
レッスンはグループで行われ、先生とマンツーマンの指導を希望する場合は特別に予約が必要だ。
その場合、レッスン料金も通常の2~3倍高くなる。
1回のレッスン時間は60分から90分。
ウォーミングアップ、技の講習、振り付けのおさらい、ストレッチなどを含み、教える人によってその内容は様々。
例えば、とにかく肉体を鍛えたい!という目的の人は「パワー系」と呼ばれる筋肉を必要とする技ばかり教えるレッスンを受ける。
ショーパフォーマンスができるようになりたい!と思うなら、セクシーなムーブメントを重点的に教えてくれるレッスンや、ウォーキングのコースなども良い。
ちなみにいまポールダンス界で流行りなのは「ヒールワーク」だと思う。
Heel floorworkの略語で、高さ20センチの厚底ヒールを履いて、ポールにあまり登らず、地上で華麗な身のこなしをすることを指す。
重い上に不安定で動きづらいヒールを履いた足を自由自在に操り、美しい足さばきと女性らしい振り付けを演出するにはかなりの筋力が必要だ。
高いヒールで踊ることがちょっとしたムーブメントになっているのは、一昨年、昨年と東京で開催された開催されたポールダンスの世界大会「ポールシアター」が発端になっている。
昨今、ポールダンス界は「ポールスポーツ」と銘打って、ポールダンスのイメージをよりスポーティな方向へ変えようとしている。
これは世界的な動きで、もしかすると次のオリンピックには「ポールスポーツ」が正式種目となっている可能性すらある。
まるで体操選手のような爽やかなスポーツウェアに身を包んだ男女が、きりっとした顔つきでポールの技を決めている画は、世間一般の「セクシーなポールダンス」のイメージとはかけ離れている。
ポールシアターはそんな世界的な動きとは真逆をいくように、芸術性やセクシーさ、よりドラマティックにエモーショナルに踊ることを評価する大会として知られている。
そもそも、アメリカのストリップバーから広まっていった(とされている)ポールダンスは、日本においてもストリップダンサーやトップレスのゴーゴーダンサーが先陣を切って広めてきたものだった。
しかし、その世界的な流れや、ある種の大会における「現役ストリップダンサーの出場禁止」など、スポーティなイメージを保つための規制が少なからず波紋を呼んでいた。
そんな中、ポールシアターはそのような規制もなく、表現力やストーリー性、内から滲み出る魅力こそを評価しようという姿勢で、ダンサーから評価が高い。
ポールシアターは「ドラマ部門」「コメディ部門」「ポールクラシック部門」など表現の方法で部門がわかれている。
件の高いヒールを履いて踊るスタイルの部門は、「ポールクラシック部門」
ポールダンスが広まるきっかけとなったストリップダンサー達のように、高いヒールを履き、セクシーなムーブメントを盛り込んだ、伝統的なスタイルのポールダンス。
それがこのポールシアターにおいてはポールクラシックと呼ばれている。
現在開催されている大会のほとんどは「衣装の脱衣」が禁じられているが、このポールクラシック部門ではそれが可能。
通常はフルバックのところを、Tバックの着用が可能で、開催国によってはトップレスになることもOK。
オリンピック正式種目という、ポールダンサー界全体の大きな目標を達成するために、スポーティであったり清潔なイメージを暗黙の了解で推し進めている空気がある。
そんな中、このポールシアターは、セクシーだったり少しダーティなポールダンスのスタイルを大切に踊っていきたいショーダンサーたちの貴重な受け皿となっている。
自分たちが表現したいことをありのままに踊り、それが評価されることの喜びは、ダンサーであれば誰もが欲するものではないだろうか。
誰もが楽しめるエンターテイメントも素晴らしいけれど、ポールダンスが世に出るきっかけとなったセクシーなスタイルのパフォーマンスも、大人が楽しめる上質な文化として世に根付いていくよう祈りながら、日々踊っている。
(第7話につづく)
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