踊り子の朝は遅い

起床、14時。
ぐーっとベッドの上で体を伸ばし、寝たまま簡単なストレッチをする。
寝ぼけたまま肩や背中をほぐし、少しずつ意識を覚醒させる。
動けるくらい目が覚めてきたら、映画か海外ドラマを見ながら開脚前屈。ついでにノートPCを脚の間に置いて、前屈しながらのメールチェック。
仕事のメールを何通か返し、人のブログを読んだりニュースサイトをチェックする。体側や首、腰まわりなども念入りに柔軟する。柔軟しているとお腹がすいてくるので、ご飯を作って食べる。タンパク質多めの食卓。お米も好きなので大体和食になる。
料理は好きだが、毎日するのは結構手間なので、まとめて作って数日同じものを食べる。今日は豚汁、飽きたらカレールーを落として和風カレーにしちゃおう。

食事を終えたら仕事の支度を始める。
シャワーを浴び、髪を乾かしてセットし、化粧をする。ベースメイクとアイメイクをしておいて、つけまつげは店に着いてからつける。
今日使う衣装と靴を選んでカバンに入れる。新しいショーで使う小道具とCDも忘れてはいけない。

今日のシフトは18時~3時。9時間の肉体労働の始まりだ。

店に着いたらまず掃除。
他の女の子と手分けして椅子をあげて、床を磨く。
トイレとキッチンをピカピカにして、ビールサーバーの洗浄をする。
酒屋が来たら空の瓶やビール樽を返して新しい樽と交換する。
ビールの開栓。レジ金の確認。
やることは沢山あり、あっという間に開店の時間になる。
19時の開店とともにお客さんがなだれ込んでくる。ありがたいことだ。人が足りない。急いでビールやチューハイを作る。

他の子が接客してくれている間に、裏で唐揚げを揚げる。
水着と同じくらいの露出度があるポールの衣装で接客するため、必然的に調理も半裸で行うことになる。唐揚げやポテトを揚げている時の油ハネが何より恐ろしい。
半裸で揚げた唐揚げに糸唐辛子と白ごまを振りかけサラダ菜を添えて提供し、何事もなかったかのようにそのまま接客する。
ピザを作るのが一番めんどくさかった。冷凍のピザ生地に、トマトソースとごはんですよを1:1でのせてよく混ぜながら塗る。具材はベーコン、きのこ数種。それをトースターで焼き、海苔を散らして、ピザカッターで切って完成。焼くのに時間がかかり、その間お客さんを待たせてしまう。接客できる人が一人減る。
ピザは美味しいけど頼まないでほしい、とメニューを渡しながらいつも思っていた。

22時を過ぎると、満席になり、ショータイムを始める。
ショーの時間は決まっておらず、お客さんの入りを見て店長が決めていた。
一度更衣室に戻り、ショーの衣装に着替える。
音源を渡し、手をハンドソープで念入りに洗って手汗や皮脂をきれいに落とす。そうしないと滑ってしまい、ポールをきちんと掴んでいられなくて、上手く踊れない。洗った手をよく乾かして、滑り止め用の指なしグローブをする。

曲が流れ始める。ポールをコの字に囲むカウンターに座る人々が、ステージに登る私をじっと見つめる。
踊っている時は、あまり何も考えない。もしくは、考える余地がある時は、次に何の技やろうかな、とか、あ、常連さんが来てるな、とかその程度だ。頭がうまく働かない。空を舞うことを楽しむ。自分の体が一番美しく見える角度で静止することに尽力する。

踊り終わると、カウンターでお札をひらひらさせる人のところへ行きチップを挟んでもらう。一回踊って千円の時もあれば、一人の人が何万円もくれることもある。調子の良い時は、一ヶ月分のチップの総額が月給を超えることもあった。
チップを受け取り終わって更衣室へ戻る。
縦に折られたお札を一枚一枚丁寧に広げて、向きを揃えてお財布に入れる。私の踊りを見て、わざわざお財布から取り出してきれいに折って、衣装に挟み込んでくれた大事なお金。口にくわえたお札を口でとったりもするので、私の口紅がついたままのお札もある。お客さんから私への最大の賛辞でありパワーだと思う。ありがたくて涙が出る。これが日々のマッサージ代やプロテイン代に変わるのだ。

がむしゃらな日々

1時頃と2時半頃にまたショーをして、その合間には接客と調理をこなし、午前3時。ようやく仕事が終わる。
体はポールに登ってアザだらけ、店内を動き回ってできた謎の擦り傷もあり、汗だくで髪もボサボサ。更衣室でつけまつげを外し、髪を頭の上の方で適当にまとめる。毎日ボロ雑巾のようになって退勤した。

コンビニへ寄ってから、3時半には予約しておいたマッサージ店へ。
多い時は毎日、少なくとも週3は通っていた。
そうしないと、保たない。
全身が立ち仕事とショー3回の運動量で悲鳴を上げている。
事情を説明し全てを理解してくれているマッサージ師に、全身のメンテナンスをしてもらう。
腕や肩はぱんぱんに張り、それを支える腰まわり、足もむくみがすごい。
どこが一番疲れてますか、と聞かれても、全部、としか答えようがない。
施術は痛みを伴うが、疲れもあり大体寝落ちしてしまう。
終わる頃には体のだるさが随分楽になり、頂いたチップで支払いをする。

午前4時半。そろそろ電車が動き出す頃だ。
だいたい猛烈にお腹が空いているので、蕎麦かラーメンか牛丼を食べて、帰宅する。
もう何をする気力も残っていない。
化粧を落としたら寝巻きに着替え、倒れるように眠る。
遮光カーテンとアイマスクのおかげで、何にも邪魔されず深く眠ることができる。

こんな調子で週に6日働いて、店が休みの日曜日だけ私も休んだ。
休みの日はポールのレッスンに行ったり、友達と遊んだり、家にこもって海外ドラマを一気見したりした。
1年半があっという間に過ぎていった。

突然のクビ

「更衣室に盗聴器がつけられている」という噂を聞くようになったのは、店の売り上げが目に見えて落ちてきた頃だった。
新規オープンしたお店で、場所もよかったので最初の1年程は何もしなくてもお客さんが来た。
けれど不況や、周りにも似たようなガールズバーが乱立したことで、集客がうまくできなくなったのだと思う。
しかも、この店ではお客さんとの連絡先交換を一切禁止していた。
指名もない。
だから、女の子からお客さんに「お店に来てください」と言う営業が一切できない。
もちろん店の目をかいくぐってお客さんと連絡先を交換している子はいたけれど、バレてクビになっていた。

知ってた?盗聴器の話…と、同僚に当の更衣室で言われた時はおもわず笑ってしまった。
まさか。っていうか、誰がそんなものつけるの、と私は言った。
その子はハっとした顔をして、携帯を取り出し、文字を打ち込んだ。
「店長が、女の子が何を話してるかチェックするためにつけてるって」
「お客さんと連絡先を交換してないかどうかとか、お店の悪口を言ってないかとか、そういうこと」
ふむ、なるほど。でもそんなことのためにわざわざ盗聴器を?
にわかには信じがたい話で、その時は特に気にもとめていなかった。

店の経営状態は明らかに悪くなっているようだった。
何かと理由をつけては、給料の支払い日を遅らされたり、給料を減らされるようになっていった。
例えば、シフト。契約シフト、というものを入店時に決めなければいけなかった。週に2日は必ず入ります、とか週に5日入りますというもの。
この入店時に決めた契約シフトを守れない子は、その月の給料の支払い日を何日間か遅らされることになった。
とは言っても、人には様々な都合がある。
学生さんも多い店だったから、テスト期間などはなかなかバイトに来られない。そういう時は、容赦なく給料日がズレていく。
それから、これは他の水商売でも同じだけれど、遅刻や欠勤での罰金制度。
遅刻したら5000円、当日欠勤1万円、無断欠勤2万円が給与から引かれる。
どうしても具合が悪く休みたくても、当日欠勤したら1万円も引かれる上にその日の給料も出ないのだから、かなり痛い。

私は遅刻や欠勤は滅多にしなかったが、レッスンを受けたくてシフトを減らしたら、給料の支払い日を遅らされた。
これまで身を粉にして、店のためにボロボロになって働いてきたのに、少しシフトを減らしたくらいで給料日を遅らされるなんて。
毎月毎月、給料日が3~4日平気でズレていく。信じ難いことだった。
この店も、もうヤバいかもしれないな。潮時かもしれない。
以前、バニーと掛け持ちで働いていたガールズバーが同じように潰れていくのを体験し、その時と似たような雰囲気を感じ始めた。
だいたい、お金の流れがおかしくなり、お客さんも従業員も減り始め、ある日突然お店はつぶれる。

泥舟に乗っていることを察知した私は、労働基準監督署へ向かった。
店内に貼られていたありとあらゆる罰金・給料日の変更についての紙をデジカメで撮影し、プリントアウトして持っていった。
労基の職員は、思った以上に親身になって話を聞いてくれた。
私は、辞めることを告げた子が、給料をもらえないのを目の当たりにしていた。何かと難癖をつけて、給料の支払いを拒むのだ。
例えば契約シフトを守っていなかったから給料を支払わない、とか、給料が欲しければもう3ヶ月働かなければいけない、とか。
一番恐れていたことは、辞めたいですと告げて給料が未払いになることだった。
それに関して、もし未払いになった時の正しい請求の手順を教えてもらった。
これで怖いものナシである。

とはいえ、もう数ヶ月様子を見て、フェードアウトしながら辞めていこうと思っていた。
なんだかんだ言っても、店のことが好きだったし、本当は辞めたくなかった。ずっと続けたいと思っていた。
それでも食い詰めたら困るので、シフトを週3まで減らし、こっそり古巣のバニーガールの店と掛け持ちをするようになっていた。
もし万が一いますぐクビになって給料が支払われなくても、バニーの給料で家賃も払えるし、食いつなげる。

労基に行った数日後、出勤し更衣室で着替えているときに、私はこの一連の流れを仲の良い同僚に話した。
給料未払いの警告が書いてある張り紙をデジカメで撮影し、労働基準監督署へ持って行ったこと。
もし未払いになっても、正しい手順で請求すれば必ず給料は支払われるだろうということ。
それでも払われなかったら、昔のお客さんに弁護士さんがいるから、相談してみようと思ってるよ。
今シフトを減らしてるのは、前働いてたお店と掛け持ちしているからなんだ。この店、そろそろヤバいかもね。人も減ってるしさ。
私もフェードアウトしていく予定よ。
そんなことをのんきに話し、普段通りに働いて、家に帰って寝た。

次の日、起きて携帯を開くと、店長から
「もう店に来なくていいです。給料はすぐ振り込みます」
というメールが来ていた。
驚きはしたが、私は、ああ、そうなったかと思うだけだった。
更衣室の盗聴器の話もおそらくは本当だったんだと。
同僚が告げ口をした可能性もあるが、もはやどうでもよかった。
突然クビになることも、給料が支払われないことも、夜の店にはよくあることだ。腹はとっくに括っていた。
次の日、それまでの給料が全額振り込まれていた。
金はやるから、余計なことをするな、というメッセージを感じた。

クビにはなってしまったが、辞めようと思っていたところではあった。
幸いなことに、給料も全額もらえた。
とりあえずはバニーのシフトを増やしてもらって、生活には困らないだろう。

こうして、私は踊る場所を失った。
会社員を辞めて、毎日踊る生活をするきっかけになったお店。
ステージは狭く、天井もあまり高くなく、快適に踊れるとは言いづらい場所だった。

けれど、そこには、お客さんがいた。
私の踊りを見るためだけに来店してくれた人もいた。
必ずチップを鶴の形に折ってくれる人。
帰って行く時に声をかけたら、感動したと涙を流しながら握手をしてくれた人。
私のショーを見て、ポールダンスを始めましたと言ってくれた人。

私は、最初からポールダンサーだったんじゃない。
この店で働いて、たくさんのお客さんに見てもらったことで「ポールダンサー」になれたんだ。
ショーの度に盛り上げてくれた同僚やお客さんが、私という一人のポールダンサーを育ててくれた。
突然クビにされても、私はやっぱりこの店のことが大好きだったし、感謝でいっぱいだった。こんなことになってしまって悔しいけれど、何も言わないで去りたくはなかった。
ここまで育ててくれて、本当にありがとうございました、と店長にメールをした。
返信は、なかった。

第6話につづく)