憧れの会社へ入社

その時、私は混み合う狭い更衣室で、薄紫のバニースーツに着替えている最中だった。
昨日下ろしたばかりのエナメルのヒールのストラップを留め、襟元にリボンをつけ、鏡に向かってウサ耳の角度を調節している時、携帯が鳴った。「もしもし…はい。え、本当ですか?はい……はい。わかりました。ありがとうございます」

電話を切り、一息置いてからやったー!と叫んで小躍りすると、網タイツを履きかけのバニーちゃんたちが一斉に振り向いた。
どうしたの?いいことあったんだ?と、仲良しの同僚に尋ねられ、私は面接を受けた会社からの採用の電話だったんだ、とこっそり告げた。
やったじゃん、と満面の笑みで返されて、その笑顔を見て、ああ本当なんだと実感した。
ホールからは、いらっしゃいませ!というマネージャーの声が立て続けに聞こえた。入店ラッシュが始まっている。早くフロアに出なければ、と思いながらも、私はニヤつくのを止められなかった。

店内の忙しさがピークを過ぎた頃、休憩をもらいさっと更衣室に戻った。
着信履歴を確かめる。本当に、電話がかかってきたんだ。採用。
仕事始めは1ヶ月後からになる。バニーとして働くのも、あとわずかだ。
そう思うと、とても名残惜しい気持ちになった。

家を借りることすら難しく、まともな職業ではないと蔑まれ、昼夜が逆転しても、私はやっぱり夜の仕事が好きだった。
嫌なことは数え切れないほどある。ぶん殴りたいようなお客さんも来る。セクハラなんて当たり前。人の心の脆い部分を素手で鷲掴みにして荒らしたり、暗い欲求を発散するためだけに来店するような奴だっている。
それでもこの仕事を嫌いになれないのは、そんな「嫌な奴」の何倍も楽しいお客さん、素敵なお客さんが来て、一時を共にできるからかもしれない。夜の、酒場の、砕けた雰囲気を私は心の底から愛していた。

銀座という場所柄、普通の暮らしをしていたら到底会えないようなお偉方ともたくさん話すことができた。
それは決して対等な関係ではなかったけれど、遊び慣れた彼らは私たちに対等だと信じたくなるような接し方をしてくれた。
その場を楽しく過ごし、まるで長年の友人かのように振る舞ってくれた。
そして私たちは、決して彼らと対等な立場なんかではない、というのを、バニースーツを脱いで駅へ歩き出すたびに実感していた。

美しく、スタイルが良く、聡明なバニーガールたち。
いやらしい言葉を投げつけられても笑顔で倍にして返したり、誰にも物怖じせず堂々とフロアを歩く兎の群れ。
引き締まった脚を網タイツに包み、形のいいお尻を惜しげもなく見せつけて歩く彼女らは、正直たまらんかった。
こんな天国のような職場があってもいいのだろうかと思っていた。
案外、更衣室ですっぽんぽんになってても、何も思わないものである。
やはり彼女らがその魅力の真価を発揮するのは、バニースーツに身を包んだ時なのであった。

そんな兎の群れから私は一人離れ、人間社会へ踏み出そうとしていた。
バニーガールであることも夜の酒場で働くことも、私のアイデンティティになりつつあったが、金の鉛筆をもらったことで私の書くことへの意欲が一層高まったからだ。
講座修了後すぐ、気になる会社へ片っ端からアポを取った。採用情報を載せていないところにも連絡した。
自分の強みとして、当時はまだ流行りたてのtwitterなどSNSに強かったこと、アドビ製品などDTPソフトの基本操作ができたこともあり、自社でWEBメディアを持っているところに的を絞っていた。
面接に進んだ会社で、趣味はなんですかと聞かれた。
ポールダンスです!と答えたら、のちの上司になるその人は、いいねーもう採用!と言いながら大笑いをしていた。
あ、これダメかも。と思った。が、本当に採用してもらえたのだった。
やっててよかった、ポールダンス、と思った。

任される仕事にワクワク

朝起きて、昼働いて、夜眠る生活が始まった。
8時に起きて、前日に作っておいたおかずをお弁当箱に詰める。朝食を軽く食べたら8時半には家を出た。
幸いなことにラッシュには巻き込まれない路線だったので、座って電車に乗り、駅から少し歩く。
人生初のカードキーで入るオフィス。
それを初めて入り口のカードリーダーにかざす時は、ものすごく緊張した。
やってはいけないことをやるときみたいな後ろめたさを一瞬感じた。
自分が、ここに、入ってもいいんでしょうか?本当に?と、心の中でつぶやいていると、後ろから人が来て、カードをかざした。
ピロリン、みたいな音がして、ドアは開いた。

一通りの説明をされ、デスクに座る。
隣の席の人に挨拶をすると、彼女は同い年で、私より3か月前から働いているとのことだった。
特にトゲのある感じもなく、真面目そうな雰囲気だ。わからないことも聞きやすそうな人だったので、私はホっとした。

最初の2日くらいは、電話との戦いだった。
新人は私を含めると隣席の女の子、ともう一人同い年の男の子の3人。
他の人は各々の作業を行っているので、まだ戦力にならない新人は、最初は電話番である。
しかし、ただ電話に出るということがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。
社名、噛みそう。
敬語、これで合ってる?
やばい、佐藤さん、いつ帰るかわからない…いつ帰るかわかりませんって言っていいのか?
しどろもどろになりながら電話対応をしていると、隣席の女の子からチャットが来た。
隣にいるのになんだろう、と思ったら、PDFファイルが添付されている。
開いてみると、電話対応のマニュアルだった。
え、めちゃめちゃいい人じゃないの……私が困っているのをわかって、わざわざマニュアルを送ってくれるなんて。
おかげで、マニュアルを読み込み、どうにか対応することができるようになった。
帰り際、私は彼女にありがとう、と声をかけた。マニュアル、すっごい助かりました、と。
すると彼女は、私も電話対応苦手なんです、一緒に頑張りましょうね、と言って笑ってくれた。
慣れないことだらけの緊張が、彼女の笑顔でさっとほぐれていった。

入社から1週間ほどして、会議やブレストに参加するようになった。
そして、twitterの運用と、WEBマガジンの記事執筆を任された。
WEBマガジンに載せる様々な分野のニュースやイベント情報をまとめ、日に1度更新する。更新情報をtwitterでつぶやく。
また、面白そうなイベントがあれば取材へ行き、写真を撮り、記事を執筆してアップロードする。
ライターさんに原稿を依頼し、進捗を確認する。あまりにもひどい原稿が来て、時間のない時は自分で手直しをする。
週替わりでトップページの画像を新しいものに差し替え、背景色をCSSで指定し直す。
映画の試写会に行き、映画評論コラムを書く。
やることも覚えることもたくさんあり、日々はあっという間に過ぎていった。

311

2011年3月11日、私は駅前のおしゃれなカフェでクロワッサンサンドとカフェオレを買って出社した。
締め切りの迫っている仕事が幾つかあった。いつもよりちょっとお高いデリは、煮詰まった仕事を片付けなければいけない自分へのご褒美だった。
バターのたっぷり入ったクロワッサンは塩気がありそれだけでも美味しい。ハムとレタスが挟まるともっと美味しい。だから今日も頑張ろう。
午前中いっぱいかけて、二つの特集記事を書き上げた。ウェブマガジンの更新作業も終わらせた。
そのあとは、来月アップする予定の特集記事の、取材先へ電話をかけなければいけない。

PCの時計を見ると、時間は14:30を過ぎていた。
昼ごはんも食べずに集中し過ぎてしまったな、と買って来たクロワッサンをデスクでほおばる。
気が抜けたのか、お腹がいっぱいになったせいなのか、頭がぼーっとしてきた。昼休憩もとってないし、散歩がてらコンビニでも行こうかな、と席を立とうとした。
地震?揺れてる?と、周りが騒ぎ始めた。
twitterを開くとTLが「揺れてる」「ヤバい」と言った単語で埋め尽くされていた。その頃には、自分のいるオフィスビルも、ぼんやりとした意識が覚醒するくらいはっきりと揺れていた。
PCのディスプレイやウォーターサーバーが倒れ、上司は部屋と部屋の間を行ったりきたりし始めた。誰も彼もが全く落ち着きをなくし、その間もビルは容赦なく揺れまくった。
これは、死ぬかも。いや、まだ死ぬわけにはいかない。
揺れが徐々に収まっていき、社員全員で近所の公園に避難した。花粉の季節で、避難の最中くしゃみが出まくって、死ぬほど辛かった。
その後、どうにか近所の友人宅まで歩いて行き、一夜を明かした。
花粉症の薬で深く寝入り、目覚めてテレビを見ていると、そこには信じられない光景ばかりが映し出されていた。津波の映像を見た私がなにこれ、CG?と言うと、友人は黙って首を振った。

3月12日、とりあえず様子を見て、数日は出社しなくてもいい、ということになった。リモートでできることはリモートで対応しよう、と半分以上の社員が自宅で仕事をしていた。
と言っても、できることなどなにもなかった。
更新する予定だった記事は差し止めになり、取材も延期になった。
幾つか受け持っていたプロモーション用のtwitterの運用も、不謹慎だからと中止になった。
細かな事務処理を淡々とこなした。

地震の影響で誰もが安否確認を試み、電話がつながりづらくなった。
社員同士、連絡が取れないと困るということで、twitterとfacebookでつながりましょう、という業務連絡がきた。
SNSなどを介してだったらメッセージのやり取りで、即時に連絡が取れるからだ。
厄介なことになったな、と思った。
会社には、趣味でやっていたtwitterアカウントや、親しい友人とのみ繋がっているfacebookはひた隠しにしていたからだ。
そこはしっかりと分けておきたい。仕方ないから、別アカを作るか。
会社の人とつながる用のアカウントを作成し、同じ部署の人、上司、社長などをフォローした。

おっぱい事件

5月も半ば、地震から約2か月が過ぎた頃だったと思う。
少しずつ日常生活に戻ってきてはいたが、延期になった仕事は再開せず、そのままなあなあに消えていった。
細かな仕事はあったけれど、やりがいを感じ、精力を注いでいた案件はあっさりと無くなってしまった。

無くなった案件に関連するブックマークを整理していた時に、私はふと、地震の時に作ったアカウントのことを思い出した。
5月に入ってからは開くこともなくなったそのアカウントに、久しぶりにログインしてみた。ただ、なんとなく。
そのTLは特に面白くもなく、隣の部署の人が自分が担当したコンテンツを宣伝していたりするくらいだった。botをフォローしているのと同じだと思った。
もうこのアカウントいらないかなーと、スクロールしていると、「ブログを更新したよ!」というツイートを見つけた。
アカウント名からすると、それは隣の席の同期の女の子のものらしかった。
ふーん、ブログやってたんだ。どんなこと書いてるんだろう。
彼女は相変わらずとても親切だったし、一緒にランチに行くこともあったけれど、仕事の枠を超えて仲良くしているわけではなかった。
だから、隣に座っていて、ほぼ同期で働いているのに、私は彼女のことをほとんど知らなかった。

隣で黙々と作業をこなす彼女の日常を、少し覗いてみたい気持ちになり、そのブログを読み始めた。
内容は、ごく普通の日記だった。
お芝居を見に行ったとか、どこどこのスイーツが美味しかったとか。地震で仕事が減った、上司に怒られて大変、とか。
おいおい、このブログ上司も見れちゃうけど大丈夫か?と思った時だった。

「この前同期(おっぱい)と取材に行ったよ。」

アップロードの日付は、1週間前。その日私は、隣席の彼女と取材に行った。
彼女の同期は、私ともう一人の男子のみだ。

次の記事を読む。
「おっぱいちゃんと○○でランチ、量が多くて食べきれなかった。」
2週間前。私は彼女と一緒に○○という店で定食を食べた。量が多いことで有名なお店だ。

さらに、もう一つだけ読んでみた。
何かの間違いかもしれないと、思いながら。
「隣の席のおっぱいちゃんがチョコくれた!美味しかった。」
昨日の日付だ。私は昨日、出先で甘いものが食べたくなりチョコを買って、隣席の彼女に一つおすそ分けした。

信じられなかった。
この人、心の中で、私のことおっぱいちゃんって呼んでるんだ。
悪気、ないんだな。
ブログにそれ、書いちゃうんだ。
誰でも見れるのに。
社員同士で繋がってるって、わかってるのに。
私はできるだけ隣の席を視界に入れないように努めた。
彼女は、私の仕事ぶりを同期として褒めてくれることもあった。
面倒な案件を一緒にこなしたこともあった。
会社というこの場所で、それなりに分かり合える、良い仲間だと思っていた。
同期だから、対等な立場で、認め合っているんだと思っていた。
悪気はなくとも、彼女が私をそう呼んだことは、私にとって失望でしかなかった。

あだ名にしたって、もっと他にないの?
彼女が悪気なく書くくらい、私の特徴って「おっぱい」なの?
つーか、それだけなの?
私のやってることって、何?
もしかしたら他の人も私のこと「おっぱいちゃん」だと思ってるの?

気がつくと、定時をとうに過ぎていた。
隣席の彼女は、まだ熱心に何かをキーボードで打ち込んでいるようだった。
私はPCをシャットダウンさせ、足早に会社を後にした。

ポールダンサーになります

「ポールダンスを頑張りたいので、辞めたいんです。」
と告げた時、困ったような笑っているような、複雑な表情を上司は浮かべた。
でも、こうとしか言いようがなかった。

私は、もはやここに自分の居場所はないと感じていた。
仕事の量は少しずつ増えてきていたが、またいつ、大災害があるかわからない。
私にできることは、ここにはない。
どんなに頑張っても、もらえる評価が「おっぱいちゃん」なのだとしたら、ここにいる意味はない。

それは、私が望んだものではなかった。

昼間の、まっとうな職場で、私は「能力だけ」を評価されたかった。

自分の内側から出てくるものを形にして、それを世に送り出して、レスポンスがもらえる仕事だと思っていた。その中身だけが問題なんだと思っていた。
けれどどこに行っても、おっぱいはついて回る。
それは私の体の一部だからだ。

私は自分の体を、自分自身を愛おしく思うし、この世に一人しかいない自分最高!と思っている。
けれど、私の外見への評価と、私の中身への評価は、切り離されていて欲しかった。
ゲロや内臓に外見なんて1ミリも関係ないからだ。
アイドルが吐いたゲロは賞賛に値するのか?胃の内壁の写真をアイドルファンは壁に飾るだろうか?
もしそうだとしたらそれはゲロや内臓の本質ではなく「アイドルが吐いたゲロ」「アイドルの内臓」ということに価値があるのであり、その真の素晴らしさは永遠に注目されることがないままゲロは干からびる。

私の魂のカケラであるところのゲロ・内臓、すなわち書いたものは、おっぱいが大きいとかそういうことに関係なく、独立して評価して欲しかった。
それらにはそんなどうでもいい前情報はいらない。
道端に吐き捨てられたゲロや、何気なく壁に貼られた胃の内壁の写真でなければならなかった。
それを認められなければ、何の意味もないのに。
もし私の、私の書いたものへの評価が「おっぱいが大きいこと」も加味されてのことだとしたら、私はこの身を隠してものを書くしかないと思った。
そんなことは許されない。
私のゲロはただのゲロであり、「おっぱいが大きい人が吐いたゲロ」ではない。
この身を千切らんばかりに苦しんで、電柱の陰に隠れて吐いたゲロをそんなくだらない言葉で評価されてたまるか、と思った。

もう会社には何の未練も残っていなかった。
ちょうど、新規オープンする予定のポールが立つバーで働かないかと誘われていた。
時給もいい。新しいお店だから、のびのびと働けそうだ。
ポールダンスはいい。踊るのは楽しい。踊りが良ければ万札が飛んでくる。
中身のことは気にしなくていい。外見に下される評価だけで生きていける。
そして私は、昼間の世界からそっといなくなり、また夜の世界へ舞い戻った。

第5話につづく)