インターネットさえつないでいれば、何不自由なく過ごせるようになった現代。都市部では物事の機械化が進み生活が便利になる一方で、人間関係が希薄になりつつもある。
いま、日本に限らず世界の都市部では対人関係や実際のコミュニケーションを苦手とする人が増えているのだという。そんな現代社会の歪みに警鐘を鳴らし、斬新な手法で解決策を提案するのが台湾のリアルドールメーカー「ドールハウス168」の代表取締役社長、趙(チャオ)氏。
一般的には性玩具として扱われることの多いリアルドールが、対人関係やコミュニケーション能力の改善に効果的だという。
そこで今回は、台湾まで出向き詳しい話をうかがった。
都市生活が生んだ人間関係の歪み
「いま台湾の人口は、農村から都市への一極集中が加速中です。都市では便利な生活ができますし、憧れるのは仕方がない流れだと思います。とはいえ、それに伴って大家族から核家族が中心となり、自分以外の人たちと接する機会も減りました。都会の小さなコミュニティでは、他人とお互いの妥協点を見つけたり、自分から折れる必要も少なくなってきています。問題なのは、人々の性格が自己中心的に変わってきていることです」
趙社長はこうした背景のなかでうまく対人関係が築けず、相手の気持ちを理解できない人が急増中だと指摘する。ではドールを所有することの意義とは——。
思いやりの気持ちを学んで欲しい
「私は、ドールが対人関係を学ぶファーストステップになればと考えています。人間とのコミュニケーションの練習台、いわばクッションになるんです」
とはいえ、一般的には性玩具としてのイメージが強いドール。対人関係を学ぶとは、具体的にはどういうことなのか。
「たとえば、下着やウィッグを買う、メイクをしてあげるなど、必然的に自分ひとりで生活していく範疇を超えなければなりません。たくさんのGiveをしてあげないとドールとの共同生活が成り立たなくなる。彼女自身では一歩も動くことができません。そこで、自分を差し出す行為、思いやりの気持ちを学んでほしいと考えてます」
本当の愛を知ることができる
「強調したいのは、性欲を処理するだけならオナホで十分だということ。性欲解消のためだけにドールを手に入れても大きくて邪魔になるだけです。それでもあえて買っていただく意味は、世話に手間が掛かるからこそ、相手(ドール)が何を必要としているのか考える機会が生まれるからです。そこで本当の愛とは何かを知ることができる。顧客には、私たちのこうした理念を理解したうえでドールを所有してもらいたい」
趙社長の理想と現実
だが、彼の理念を通せば性的な機能はなくてもいいはずだ。なぜ性玩具とも呼ばれるリアルドールを選んだのだろう。
「私は美しい造形が好きだ。本当はマネキンを作りたいと思っていた。純粋に美しいものを見て愛でる優しい気持ち。それに共感する人を増やせるのが理想」
趙社長は、強めの口調でそう言った。そしてひと呼吸を置いた後、やや眉をひそめる。
「だがそれではビジネスとして成り立たない現実もある。理想を追求するのは難しい……」
人間の本質的な違い
葛藤を抱えながら性的な機能も備えたドールを作り続ける趙氏。それでも仕事のやりがいは大きいという。
「顧客からメイクアップの仕方を相談されたり、撮影会のモデルにしてもらえたときはうれしいです。一方で、本来のドールとして性的な使い方をする人もいます。この仕事を通じて様々な趣向の人間と出会い、人間の本質的な違いを知ることができました。ドールは所有者によって、感じるものがまったく異なる。いまは全てひっくるめて面白さを感じていますね」
ドールマーケットに見る“好みのタイプ”
ドールハウス168では、男性の好みに合わせて、顔や身長、体型など、様々なタイプを生産。それぞれのドールには名前まで付けられている。
好みの多様性について、このようなエピソードもある。
「競合他社で関取のような体型のドールが発売されたときには売れるわけがないと思っていました。それが結果的には大ヒット。私の主観的な美的センスの範疇を超える出来事でした。人の好みは本当に異なるものだと驚かされます。とはいえ、私の理想とはあまりにかけ離れているので後追いして関取タイプを作ることはしませんでしたが……」
日本・中国・アメリカではロリが人気
台湾を拠点にワールドワイドに展開するなかで、アジアではカワイイ系や癒し系、アメリカや欧州ではセクシー系が好まれることがわかった。
だが、特にアメリカ、日本、中国では、いまロリタイプが大人気だという。あまりに受注が多すぎて生産が追いつかず、1〜2カ月待ちの状況だ。
小児性愛の助長と抑制の狭間で
こうしたロリタイプのドールを生産することに対し、批判的な声もある。世界で一番大きなドールフォーラムにロリタイプを出品した際、小児性愛を助長するとして出品とホームページの写真を取り下げるように指示されたのだ。
だが、取り下げた後に世界各国から問い合わせが殺到。改めて市場の要求を実感した。
「ロリタイプを開発する際、非常に悩みました。しかし市場の要求があまりにも強すぎる。もしも我々が彼らの要求を満たさなければ、それこそ現実の子どもに向かってしまうのではないか。犯罪に走らせてしまうよりかはマシだろうと考えたんです」
ドールハウス168の使命感
「他人に言えない性の悩み。コンプレックスを持つ人は本当にたくさんいる。そんな人々が悩みを吐き出せる相手、それがリアルドールの役目でもあります」
彼らは使命感をもってリアルドールの生産に取り組む。実際こんなケースもあったという。
「夫婦で来られたお客様は、旦那のセックスへの要求が強すぎてドールで対応できる部分はないものかと。お互いに納得されたうえで購入されました。また、高校生が両親と一緒に来店されたケースもあります。ご家族の意向としては息子が受験勉強に集中するために、現実の彼女よりはリアルドールを選ぶように勧めたそうです」
購入者のポジティブな変化
台湾は保守的な傾向があり、購入者の事後についてオープンにはされていない。だが、実際に寄せられた報告では、購入者の行動にポジティブな変化が見られるという。
「閉じこもりがちだった人たちが、ドールをきっかけに仲間たちとメイクなどの情報交換や写真撮影会をおこなったり、外に出れるようになった。自分自身を積極的な性格に変えることができたそうです」
養娃(ドールを養う)文化を根付かせたい
「一見ネガティブなドールの所有をポジティブで美しい行為に変えていきたいと思っています。ドールによって愛を知り、同時に都会での孤独感も減らすことができる。まさにペットや子どものような存在ですね。気持ちを注げばドールは応えてくれるでしょう。今後は、養娃(ドールを養う)文化を根付かせることが私たちの使命だと考えています」
(取材・撮影/苅部太郎、構成・文/藤井敦年)