僕には人生で1枚だけ、すり切れるほど見たDVDがある。
それが『epoch TV square』だ。
(Vol.1~3で完結するので、正確には3枚だけどお許しを)
今をときめくバナナマンとおぎやはぎの合同コントドラマが収録された、お笑いDVDである。
広告代理店で働いているけど全くモテない日村さんのワンルームで繰り広げられるコントで、設楽さんはそこに居候しているニート。小木さんは売れない役者で、風呂を借りに来ては日村家に入り浸り。矢作さんは金に目がないセコいキャラで、偶然幼なじみの日村さんと再会し日村家に居座り始める。
全12話がその一室で展開され、4人は恋をしたりケンカをしたり、仕事が軌道に乗る人もいれば旅に出ようとする人も出てくる。
話が進むにつれて状況はそれぞれ変わっていくものの、4人のドタバタコメディー感は変わらないまま、ずっと心地いい時間が流れていく、そんなお話。
好きなシーンはいくらでも挙げられるけれど、なぜ好きかと聞かれると、「全体を通して空気感が好きだから説明しにくい」というのが僕の回答になる。
こんなつまらないことを言ってしまうのは、きっと僕が「大好き」を表現するのが得意ではないからだろう。
自分の好きなモノを発信する場なのに、このままじゃ企画倒れだ。
大好きな理由を探すために、少し昔のことを振り返らせてほしい。
この作品との出会いは、今から15年前、大学1年、18の秋だったと思う。
当時は学校に行けば「あのトリビアはウケた」「『あいのり』の新しい子がかわいい」といった話題で盛り上がり、カラオケでは誰かがORANGE RANGEやHYを歌うのが定番になっていた。
例に漏れず、東京に出てきて初めての1人暮らしで浮かれていた僕も、好きなテレビや本、DVDに溺れて、学校の友達やバイト仲間と遊びふけり、時が来れば普通に就職する、どこにでもいるヤツ。
……のはずだった。でも現実は違った。
ターニングポイントは、高3の体育祭だったと思う。
それまでただ無邪気な子供だった僕は、地元・松山のテレビ局が取材に来るほど大掛かりな体育祭に、夏休みも返上して準備段階からガッツリ打ち込み、本番も大成功を収めたことでちょっとだけ大人になれた気でいた。
だから、晴れて第一志望の外国語大学に入れたというのに、同級生の中身のない会話が子供っぽく思えて仕方がなかった。
馴れ合って流されちゃいけない。
自分のことは自分で守らなきゃいけない。
虚勢も張っていたと思う。
ふと気付けば斜めから物事を見はじめ、勝手に同級生との温度差を感じ、大学生活に、そしてそんな考え方をする自分に、嫌気がさしていた。
自己顕示欲の強い同級生らといずれマウンティングをしながら就活に臨む絵を想像しては、自分が歩きたい道は別の場所にあるんじゃないかと思った。
親に行かせてもらった大学を出て、安心させられる職に就くのが当たり前の親孝行になることぐらいわかっていた。
でも、できなかった。
このDVDを見始めたのは、そんな時だ。
最初はなんとなくTSUTAYAで借りて見た気がする。ただ、返すのが惜しくて仕方なくなり、今は閉店して跡形もない府中駅直結の新星堂で3枚、大人買いした。
バナナマンもおぎやはぎも純粋に好きだったから、最初は娯楽の一環に過ぎなかった。それがいつしか鬱屈した気持ちで過ごす夜のお供になり、癒しに変わっていった。
手に取らなくなった教科書の山と、灰皿に入り切らないほどの吸い殻で汚れた部屋の中で、テレビ画面に見入っては笑いに逃げた。
画面の向こうの4人は誰一人として隠し事や建前がなくて、僕はそんな関係性でいられるコミュニティに憧れていたんだと思う。
作り物のシチュエーションコントだとわかっていても、演者がお互いを信頼しているのがにじみ出る感じも愛おしかった。
僕は現実から逃げるように、泣きたくなくてDVDを繰り返し流した。
セリフも覚えられるほどに、笑顔で1日を終えられるように、夜通し流した。
DVDの眩しい光と共に、当時の僕を闇から連れ出してくれたものがもう1つある。
それは、人生初のバイトで出会った人たちだ。
例えば、
単細胞で無計画だけど、面倒見がよくて情に厚い人(サッカーの岡崎慎司選手にそっくり)。
口が軽くてアンタッチャブル山崎さんばりに適当なべしゃりなのに、根が優しい気遣いの人。
エグい毒を吐くくせに、誰よりも人の相談に真剣に乗ってくれる兄貴肌の人。
黙っていればイケメンなのに、飾らずしょーもないボケを繰り返しすぎてルックスの良さを忘れさせる人。
みんな年上だったけど、彼らは分け隔てなく接するタイプだったし、人付き合いで損得勘定をろくにしなかった。
バイト後に4、5人で集まる溜まり場のような部屋があって、そこで一緒にウイイレをして、麻雀をして、恋バナをして、一気に仲の良い友達になった。
学校に行かず家でふさぎ込んでいた時期もあったけど、僕もさすがにバイト先では暗い顔をしないよう明るく振る舞っていたから、お人好しな本人たちには僕を引き上げた自覚なんてないと思う。
でも、僕は彼らと一緒に過ごせたことで、自ら捨てた学生生活とは違う青春を経験できたし、やりたいことが物書きや編集だってことも見つけられた。
あれから15年経った今も彼らとは腐れ縁で続いていて、4、5人だけどみんな親友と言える。
本当におふざけが過ぎる仲間なので、そろそろ「彼ら」などと取り繕った呼び方をしているのがこそばゆい。バーカ!
話を今に戻そう。
僕が持っていたDVDは、あの頃稼動させすぎたせいか、音が飛ぶようになり、ほとんど映らなくなっていた。
先月思い出したようにレンタルして数年ぶりに見たら、やっぱりこの4人で良かったと思い、笑って、泣きそうになった。
「日村は女にゃ縁がないー!」の無理無理ソングをコミカルに歌う日村さん。
しりとりも山手線ゲームも上手くできない設楽さん。
バク転ができない言い訳を3人が並べてる中でなぜかできちゃう小木さん。
「たまに(カステラ)置いてあげるから~」と3人をなだめる矢作さん。
ショパンのCDを流しながら引っ越し作業をしたり、第一回まばたきしない選手権をしたり、デジタリアンくんのイラストを勝手気ままに描いたり、4人揃ってのゆるくてあったかい感じもたまらなかった。
大学の頃ほど周りにトガらなくなった代わりに、感情を表に出すことも少なくなり、良くも悪くも大人になって変わった僕の前で、あの頃と変わらない4人がそこにいた。
『epoch TV square』は、自分を熱く応援してくれるわけでも、人生の教訓を教えてくれるわけでもない。
ただ、「気の合う仲間が集まると楽しい」ってのがわかるだけ。
そのシンプルだけど代わりが利かないものに、僕はずっと惹かれていた。たぶん。
今なぜ好きかと聞かれたら、僕はこう答えるだろう。
全体を通して4人の空気感が好きだから説明しにくいと。
確かな根拠を持って。