6月5日午前11時過ぎ。

 関東某所の役所前。約束の時間を30分ほど過ぎてから現れた若い男性は、私の前に小走りでやって来た。

「どうもどうも! 車から子ども降ろすんで、少し待っててください」

 男性はヒップホップ風のオーバーサイズのシャツとデニム、お約束のベースボールキャップ姿。大ぶりのアクセサリーを胸元で揺らしながら、ルイ・ヴィトン製のトートバッグや、ハイブランドの紙袋で満載となったマクラーレン社製ベビーカーを押して戻って来た。男性の後ろには、サングラスに金髪姿の小柄で可愛らしい女性が、1〜2歳だろうと思われる赤ちゃんを抱いて続く。

 端から見ると「若い家族のショッピング」としか思えない微笑ましい光景だが、若い一家の向かう先が、役所の中にある「生活保護」の窓口となれば話は別だ──。

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生活保護受給者の実態を追う

 年々、生活保護費の受給者は増え続け、いま大きな社会問題となっている。とある役所前には100人を超えるであろう受給者たちが行列をなす。ここ数ヶ月の間、記者として取材を続けるなかで、あるひと組の若いカップルに出会った。詳しく話を聞いてみれば、その実態は想像を絶するものだった……。

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役所の前には生活保護受給者の長蛇の列

“ひと仕事”を終えた男性が登場

 

 ──役所の外で待つ事15分。私の所に戻って来た男性は、いかにもひと仕事を終えたあとのような爽快な笑顔でこう告げた。

「寝坊しちゃって何も食べてないんすよ。とりあえず朝メシ、どっすか?」

 そう促されて乗りこんだ彼の車は、年式の浅いトヨタ・ヴォクシー。車内は黒い革製のシートで統一されており、サテン地のカーテンまで施されている。座席のヘッドレスト後部には小さなモニターが埋め込まれ、ディズニーの子供向けアニメが流れていた。後部席には、ベビーシートが対に並ぶ。

 ほどなくして着いたのは、バイパス沿いにある某ファミリーレストラン。毎月5日、要するに「支給日」には、家族でここを訪れモーニングを楽しむのが定番コースなのだという。とても生活保護受給者の日常とは思えないが、男性は悪びれる様子もなく、いかにして現在のような生活をするに至ったか、事細かに解説してくれた。

受給のキッカケは逮捕

 男性は現在22歳。19歳になって間もなくの頃、妊娠をきっかけに当時交際半年ほどだった現在の妻と籍を入れた。中学卒業後“とび職の見習い”みたいな仕事を続けていたが、成人式の直前、ちょうど子どもが産まれるかどうかというタイミングで逮捕されてしまう。

「族(暴走族)仲間の数十人で単車に乗って流し(走行し)てたら、俺らのこと煽ってくる車がいたんすよ。キレるじゃないっすか? 車を止めて、乗ってたヤツを引きずり出してボコってたら、本当に偶然、運悪くパトカーが横を通ってて……」

 男性は煙草に火をつけると、朝のファミレス内に響き渡る大声で、まるで武勇伝を語るかのごとく続ける。

「もう20歳超えてたからね、軽い前科もあった。刑務所はキツいなと思ってたんですけど、子ども産まれる直前だったし、検事さんが不起訴にしてくれたっぽい。ラッキーでしたね(笑)」

 しかしながら逮捕をきっかけにとび職の仕事は一発でクビになり、身重の妻と男性にとって生命線だったわずかながらの収入も途絶えた。当時は夫婦の間に口論が絶えなかった……、と妻も昔話をなつかしむように話す。

「私、片親だから家にも頼れないし、夫の家も全然裕福じゃない。夫とは毎日ケンカは。ぶっちゃけ手出されたこともあった。私も手を出した(笑)。じつはそれで離婚したんですよ」

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※イメージ画像

夫婦は偽装離婚状態

 思わず「え?」っと声を出してしまったが、今の今まで夫婦だと思っていた目の前の男女、現在は離婚状態にあるというのだ。そして法律上の離婚状態にあることこそが、この夫婦に見える男女が生きていく上での必須の条件

夫婦は事実上、偽装離婚状態にあり、男性、そして妻と子どもはそれぞれ別に生活保護を受給している。

 憲法で「文化的最低限度の生活」が保障されている我が国。生活保護制度を活用することはなんら悪い事ではない。しかし一方で、生活保護費は「誰でも貰える」わけでもない。まして「貰えるなら貰っとこう」というものであってはならないはずだが……。

生活保護費の総額は月35万

 月収、と言えるのかはさておき、一家がひと月に得る生活保護費はいかほどなのか、恐る恐る問う。

「俺は……13万ないくらい。嫁さんの方が金持ち。嫁は子どもの手当? みたいなのがあるから、家賃分含めて20万ちょい」

 合計約35万円。筆者の手取り月給とほとんど変わらない。頭がクラクラしてくるような思いで話を聞いていると、男性はそんな筆者の心情を察したのだろうか、ケラケラ笑い声を上げながらまくし立てる。

「足らない足らない、35じゃ全然足らない。だからね、日払いで職人やってるんすよ。1日出れば1万5000から2万、月に10日出れば15万から20万。だから、家族で使える金は月50万くらいっすよ。まあ、入った金は全部使い切っちゃいますけど」

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※イメージ画像

生活保護+日払い給与の裏技

 驚きと屈辱から声が出なかった。日払いの給与手渡しならば、収入を得ていることも役所にバレないそうだ。さらに、男性が内緒で働いている「現場」には、生活保護と日払い給与をダブルで貰っている人間が他にも多数いるのだという。

 そして、この制度の穴を突くテクニックは、彼を秘密裏に雇う経営者・通称「オヤジ」が男性に教えたものである、ともいうのだ。

「日払いで入った現場でオヤジと偶然知り合ったんですけど、ぶっちゃけカタギの人間じゃないね。以前はヤクザが生活保護もらって生活するってのがよくあったみたいだけど、法律が変わってヤクザの受給が厳しくなった。オヤジは『元ヤクザだ』と言い張るけど、俺たちみたいなカタギに生活保護を受給させながら働かせて、それをシノギにしてる。月に3万とか5万だけど、オヤジに渡すのがルール」

すべては生活の知恵だ

「ぶっちゃけ結婚なんて、所詮は紙きれ1枚の問題でしょう。それよりもいかに得して生活できるかが大事だと思うんすよ」

 書類上の離婚状態を偽装しながら、実際は夫婦生活を続け、車まで所有しながら生活保護を受給する事について、男性は「生活の知恵」だと言い切った。

「芸人の母親が生活保護を貰ってるって話、あったでしょう? 貰えるなら貰っとけ、みたいな。あのニュース見て、同じようにして生活してる人がたくさんいるんだと安心しましたよ。まあ、いつかはきちんと働きたいですけどね。じつはもう一人、下に産まれたばかりの子どもがいて。嫁さんはずっと働けないじゃないですか」

 こんな事が許されるのか。このような考えを持つ人々がいる一方で、本当に必要としている人々の所に、生活保護が届かなくなっている可能性も十分にある。現実に、生活保護の受給停止や減額という事実に絶望したことで、一家心中に追い込まれたという報道など、救いのない悲劇を目にする機会も少なくない。

貧困を盾にした妻の持論

 男性と私のやり取りをずっと黙ってみていた妻は、卓上のアイスティーをストローで一気に飲み干すと、信じ難いような持論を展開し始めた。

「格差社会っていうじゃないですか。もし実家がお金持ちで、もっと勉強させてもらえればウチらもこうならなかったんです。貧乏人だから、低学歴だからって結婚とか出産を我慢しろってのは人権侵害ですよ? 日本にはお金がいっぱいあって、お金持ちがたくさんいるんですよね。だからこう……助け合いっていうか、別にウチらが悪い事やってるとも思わないし」

 ふと、ヨーロッパ諸国で深刻な状態に陥っている「難民問題」、そして我が国でも高まりつつある「難民受け入れ」の議論が頭をよぎった。富める者と貧する者、強者と弱者、そういった二極論的な思考のぶつけあいで何かが解決するのだろうか。

 夫婦に取材の礼をいうと支払いを済ませ、暗澹たる思いで一人家路についた。

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