オレオレ詐欺。
 ヤクザや反社会勢力の行う犯罪と違い、手を染めるのは一般人っぽい人間ばかりなんである。

 床下換気扇詐欺ネオヒルズ族と追ってきた「オレオレ詐欺、実行者たちのその後」第3弾は、改造B-CASカードを売っていた青年の話。

坂本(仮名)と会ったのは蒲田の焼きとん屋。焼き鳥のかわりに豚を串焼きにしたお店でオレオレ詐欺に手を染めたその後を聞いた。

焼きとん
「しばらく油っこいモノ食べてなくて」と唇の片方を上げながら、坂本はしずかにぶきみに笑った

挨拶もそこそこに坂本は話しはじめた。

B-CASカードとは

——そもそもB-CASカード(ビーキャスカード、カスカードとも)とは何なのか。

デジタルテレビ放送がはじまって10年。テレビの裏側、カードスロットに刺さった青や赤のICカードに見覚えのある方も多いことだろう。このICカードが地上デジタル放送、BSデジタル放送、110度CSデジタル放送の視聴を可能にしている。

もともと著作権保護の処理がなされたスカパーやwowwowなどのBS放送。利用しようとした場合、放送波を映像にするために、各会社が用意したデコーダ(変換器)を用意する必要があった。

B CAS CARD 1
B-CASカード

B-CASカードの登場によりカードだけでBS・CS波が受信可能に

それがB-CAS社の主導するB-CASカードにより、各会社特有のデコーダを用意せずともBS・CS波が受信可能となったのだ。

視聴者に簡便性をもたらした反面、B-CASカードの脆弱性を利用する者が現れ始めた。スカパー(加入料3,024円+月額421円+自分の見たいチャンネルの料金)や、wowwow(月額2,484円)などの有料放送を無料で視聴できるように改造できる仕様が発見されてしまったのだ。

改造B-CASカードの出現

2038年までBS・CS視聴がすべて無料になってしまう「BLACK-CASカード」(ブラックキャスカード、改造B-CASカード)。2038年問題と呼ばれることもあるこのカードだが、脆弱性を突きプログラムを書き換えたB-CASカードをテレビのスロットに差し込み、有料チャンネルをすべて見られるようにしてしまうというものだ。

B-CASカードを提供するビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ社(B-CAS社)の損害額は、現在までに数十億円にのぼると見られているが、坂本は違法にカードを売買することでオレオレ詐欺から抜けた後の食い扶持を稼いでいたと言う。

「でもね、よく考えてくださいよ。地上波やBSを見るのに必要なB-CASカード。これ、B-CAS社が日本で唯一発行してるんです。独占状態なんです。許されていいんですかねぇ」(坂本)

坂本は義憤(?)からか、オレオレ詐欺から足を洗った後には、違法B-CASカードを量産しまくったらしい。

改造に必要な不正プログラムを手に入れたのは2ちゃんねる。解析班が盛り上がっていった様子はいまだに過去ログで見ることができる。当時の様子を「祭り」と形容し、坂本はしずかに目を細めた。

焼きとん
坂本は2ちゃんねるで拾ったプログラムでB-CASカードを書き換え、通販等で捌いていったという

改造B-CASカードを売りはじめた

坂本は通販で不正B-CASカードを売り始めた。ヤフオクも大きな販売経路のひとつだった。本来、カードの所有権はB-CAS社にある。現在は法改正により禁止され逮捕者も出ている状況だが、当時はゆるかった。ヤフオクでは単体でのB-CASカードの取り締まりを行っており、カード単体で出品するとそのYahoo!Japanアカウントは停止されてしまう。そのため、ジャンク扱いの地デジチューナーをダミーで付けて取引し、摘発を免れているのだ。

ヤフオクB-CASカード出品
「b-cas ジャンク」などとヤフオクを検索するといまも残る不正B-CASの痕跡を見ることができる。違法となった現在も、驚くことに多くの入札者がつく

改造B-CASカードで逮捕者

オレオレ詐欺と違い、しばらく逮捕者の出なかった改造B-CASの不正売買だが、それも長くは続かなかった。2012年6月に初の逮捕者が出てからというもの、「激裏情報」(げきうらじょうほう)管理者の本堂昌哉氏(当時41歳)が京都府警に逮捕されたりと話題に事欠かない。

摘発を受けたblackcas.com
摘発を受けたblackcas.com

余ったカードはキャバクラに消えた

この頃から坂本はB-CASからも手を引いていったという。

「ぼくはやめちゃったけど、いまでも1枚2万円〜3万円で通販で売られてるのを見ますよ。通販でもショップでも。

ぼくもカード持ってた頃には余りすぎてキャバクラのお姉ちゃんに配っていました。最初はよくオネーチャンもわかってないんだけど、スカパーが見れるって分かった途端、飛び上がって喜んじゃって(笑)Jリーグ見てるって言ってましたね」(坂本)

人ごとのように坂本は言ってのける。

坂本と改造B-CAS、2016年現在

B-CASカードは2016年現在、イタチごっこだと言う。

改造B-CASの現在

そもそも、B-CASカードには以下のような情報が含まれている。

  • カードを識別するID
  • KM……マスターキー
  • KW……ワークキー
  • 契約期限情報

スカパーなど、BS・CSの有料放送を契約すると、契約したカードに契約した番組契約情報が電波で配信されてくる。
この時に毒電波と呼ばれるカードを書き換える信号を含んだ電波も送られてくる。現状ではこの書き換えを防ぐ手段はなく、いたちごっこが執拗に続いている状況である。

坂本はオレオレ詐欺から逃げ、B-CASカードからも逃げた後、いまはいちおう手堅い商売をしていると言う。川崎に住み、川沿いのバラックで車の解体作業をしていると言う。分解して海外に不正転売しているのではと思ったが、追求ははばかられてしまった。

オレオレ詐欺、実行者も3児の父

「東京は保育園がないっていうけれど川崎市はね、待機児童がゼロなんですよ」(坂本)

今では坂本も3児の父。スーパーの試食コーナーなど、パートを掛け持ちして働く嫁とともに、幸せな家庭を築いている。平日夜、バラエティ番組を欠かさず見るのが一番の楽しみだ。

——かつて家庭の中心にあったテレビ。
核家族化が進み、個室に家族それぞれのテレビを持つことも珍しくなくなった。

オレオレ詐欺に手を染め、有料テレビ放送の脆弱性を突き、食い物にした坂本。彼は逮捕されなかった分、まだマシかもしれないが、逮捕者の数は少なくない。

テレビは人の人生に大きな影響を及ぼすメディアのひとつ。だが、坂本もまた、テレビに踊らされた人間の一人なのかもしれない。小さくなっていく坂本の背中を見ながらそんなことを思った。

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