「人間は脳みそがいちばんウマい。カチ割った頭に焼きそばの素を入れ、かき混ぜて食うんだ」
ダヤック人の男性がやや得意気に振り返る。ダヤック人とは、インドネシア・カリマンタンの先住民。別名、街に住む首狩り族とも呼ばれている。
カリマンタンはもともとジャングルだった。ダヤック人は本来、その奥地で生活していたが、都市開発による森林伐採や焼き畑の影響で現在は街で暮らしている。とはいえ、オランウータンだらけの秘境にルーツがあるダヤック人。イスラムやキリスト、ヒンドゥー、仏教とも異なる信仰心や独自の文化・風習をもっている。
それは、アニミズムと呼ばれるもので、自然を含むすべての事象には精霊や魂、神が宿っているという考え方。そのなかには精霊や魂、神の力を自在に操る黒魔術(ブラックマジック)や人間が人間を食べる行為(カニバリズム)も存在する。
だが、ダヤック人がジャングルから街へ住むようになり、かつての文化や風習は失われたかに思われていたが……。
文明の発達した現代において、目の前の男性は戦闘で倒した人間の首を狩り、脳みそや心臓、肝をえぐり出して食べたのだという。にわかには信じられない話だ。文化や風習の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、我々日本人にとってはそれ以上に奇妙な考え方が今もダヤックの人々に根付いている。
サンピット地区で起きた部族間闘争
——2001年2月、カリマンタンのサンピット地区。先住民のダヤック人によって、他島から移り住んできたマドゥラ人の大虐殺がおこなわれた。死者の合計は500名にものぼり、街中の至るところには人間の生首が掲げられたという。
そもそもマドゥラ人がサンピット地区に移り住んできたのは1950年頃。この悲劇が起きた原因は、約50年にわたりマドゥラ人が窃盗や強盗、レイプ、土地の略奪などの犯罪を繰り返してきたことにある。それまで小競り合いもたびたび発生していたが、ついにダヤック人の鬱憤が爆発したのだ。
この事件について、「KALIMANTAN SAMPIT MADURA」などと検索すれば、おびただしい数の生首など、その悲惨な様子が海外メディアでみてとれると思う(※閲覧注意)。大まかな概要は前述の通りだが、ではどういった信条のもと、彼らがそのような行為をおこなっていたのか。
実際に部族間闘争に参加したというダヤック人の男性が、当時のことを淡々と語りはじめた。
首狩りと食人文化
すべてのマドゥラ人の家に火をつけ、出てきた人、茂みに隠れている人、逃げ惑う人を無差別に殺害した。特にターゲットとして狙ったのは女性と子ども。
戦闘能力のない女性や子どもを殺すことにも抵抗はない。
「子どもは大人になると復讐にくるだろう。女は子どもを産み子孫を残すことができる。マドゥラ人を根絶やしにしなければならないと思ったんだ。男も見つけ次第、戦ってブチ殺した。だが、そのままでは生き返る可能性がある。倒した相手の首を狩ることで、二度と生き返れないようにするんだ。それを見せしめに持って街をねり歩いたよ。目立つように交差点のど真ん中に吊り上げたりもしたね」
男性の目は本気だ。古くよりダヤック人の間で言い伝えられた、首狩りの風習。街に住むようになっても、消えていなかったのだ。それだけではない。
「敵の心臓を食べれば、そのままパワーを取り込むことができるんだ。まあ、心臓だけじゃなく、脳みそとか内蔵もウマいから食っちゃうんだけどな。人間は脳みそがいちばんウマい。カチ割った頭に焼きそばの素を入れ、かき混ぜて食うんだ」
国内屈指の黒魔術(ブラックマジック)
このような残虐な経緯があり、現在インドネシア国内でもダヤック人は一線引かれた存在になっている。だが、それ以上に彼らが恐れられている理由がある。
それは、黒魔術(ブラックマジック)の強さだ。
日本ではありえない話だが、世界中を見渡せば、人々の生活と宗教や信仰心が結びついている国がほとんどだ。さらにインドネシアでは、ブラックマジックが関わってくる。実際に政治の重要な決め事や冠婚葬祭の折りには、大マジメに魔術師が登場する。彼らは本気でブラックマジックを信じているのだ。
このあたりの詳細はまたの機会に置いておくとして、ダヤック人はインドネシア国内でも3本の指に入るほどブラックマジックが強い部族とされている。
サンピット地区における部族間闘争時、ダヤック人がおこなった首を狩る、心臓を食べるなどの残虐な行為の根底は、まさにブラックマジック。ほかにもこんな驚くべき話もあった。
「刀や槍にブラックマジックを吹き込めば、マドゥラ人の隠れ場所を探してくれるんだ。戦闘に参加できないじいちゃんやばあちゃんも草むらに潜んでいる敵をたくさん見つけてくれたよ」
さらに強力なブラックマジックが使える人は、空を飛ぶことさえできたという。さすがにそれはないだろう、と思わず突っ込む。すると男性は、ムキになって少し強めの口調でこう返した。
「サンピットにいる全員に聞いてごらんよ。オレはウソは言ってない」
独自の文化が数多く残るインドネシア
普段の彼らは平凡で心が純粋、だれもが正直者。たしかに、その後ほかのダヤック人に聞いても頑なにウソではないと言っていた。だが、事実この目で見たわけではないので正直なんとも言い難い部分はある。
ともあれ、今回はジャングルを追われたダヤック人の話をお届けしたが、インドネシア国内にはまだまだ大自然が残り、首狩りや食人文化、ブラックマジックをはじめ、日本人からすれば信じられない独自の風習や信仰がたくさんある。また機会があれば、続きをお伝えしたいと思う。
(取材・撮影/カリマンタン北尾、編集・構成/藤山六輝)