「おい、お前! 俺の娘を買わないか!?」
あらためてインド東部最大・最悪の売春窟ソナガチにいるんだという現実を突き付けられた。あまりに衝撃的な言葉をくらい、目眩がしそうになった。だが、ここで怯むわけにはいかない。私は意を決して「OK!行こう」と返す。
このときはまだ知る由もなかった。ソナガチのさらに異常な光景を——。
インド最大の闇を抱えた売春地帯ソナガチ
インド国内ではムンバイに次ぐ第三の人口を誇る東部の主要地コルカタ。
大都会にも関らず、山羊を生け贄に捧げることで有名なカーリー女神寺院があるなど、インドの混沌とした雰囲気が存分に味わえる街だ。
そんなコルカタには、インド最大の闇と呼ばれる地区がある。行き方は簡単。ギリッシュ・パーク駅を徒歩で10分ほど北上していくと、なにやら他とは様子が異なり、退廃した空気が漂う怪しい場所に出くわす。そう、そこがソナガチだ。歩いている人々の目つきは一様に悪い。
ソナガチは他のアジア売春地帯、たとえばタイのようなお気楽な場所とは違い、まったく良い噂を聞かない。人身売買、ネパールからの誘拐、ドラッグ……などなど。
自ら望んで売春婦になる人は少ないと思う。だからこそ、ソナガチに足を踏み入れた瞬間、客引きらしき親父のひと言に面食らったのだ。
「頼むよ!マイメン!俺は生活が厳しいんだ」
生活のためと言えど、自分の娘を売春させるとは……。汚れたスラックスに、何年前から同じヤツを着ているんだ!?と思わせるボロボロのシャツ。時々、悪臭を放っている。いや、違う。むしろ街全体が臭い!
デリーからインドを横断してきたわけだが、他の街とは異なり、ソナガチには公衆便所のような、精液のような……そんな匂いが充満している。
さておき、親父の誘いを断る理由はない。悪い噂の真相を確かめることこそがソナガチに来た目的だから。覚悟を決めてこう返す。
「OK!行こう」
自分の娘を売って生計を立てる一家
親父の家は、ソナガチを縦断しきったあたりの奥まった位置にあった。おかげで、ソナガチの全体図をだいたい把握することができた。
アパートに商店、歴史あるホテルのような外観のマンション……と言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけ全部ボロい。ボロすぎるのだ。街を眺めている間に、多くの売春婦とすれ違う。その数は合計500人以上はいるであろう。
「500ルピ~」
そう言って何度も腕を掴まれる。日本円に換算すると1000円にも満たない金額。恐ろしく安い金額で春を売っているのだ。それも、わりかしキレイな若い女のコから閉経しているであろうおばあちゃんまで幅広い年齢層。とにかく日本人が珍しいのか、私が通ると常に人だかりができた。
ともあれ、街を歩く男の人数が圧倒的に少ない。割合としては女20人に対して男1人ぐらい。だが、ポツポツといる男たちの眼光は果てしなく鋭かった。いまにも人を殺しそうな勢い。その光景をスマホで撮ろうとすれば、すぐに駆けつけてくるので恐怖を覚えた。
子どもが多すぎる……
さらなる違和感は、やたらと子供が多いことだった。どういうことなのか。そうこう考えている間に親父の家に着いた。インドでは典型的な2階建てのボロアパート。
「さぁ、選べ!どれもカワイイだろう」
そう言って親父が手を広げた先には……なんと5~6歳と思われる幼女が数人! なかには母親にしがみついているだけの赤子までいる。
……正直、殺してやろうかと思った。今回の旅で散々インド人とケンカしてきたが、これほど殺意が湧いたのは初めての経験だった。売春女性の年齢を、私はてっきり18歳ぐらいだと想像していたのだが、ソナガチの闇を完全に甘く見ていたようだ。ある意味、覚悟ナシで来る場所ではなかったのだ。
あまりの衝撃的な光景に、我を忘れて親父を罵倒した。危うく暴力を振るいそうなぐらいに。
「俺は幼児とやるようなクソ野郎じゃない!」
私がそう吐き捨てると、親父はしょんぼりと残念そうな表情を浮かべる。親父は、なぜ私が怒っているのか理解していない様子。そもそも、家族を食わすための商売であり、純粋に善意のつもりで私を連れてきたに違いない。
ソナガチで生きる人たちにとって、生まれたときから売春に関わる仕事をすることが“当たり前”の行為になっているのだ。
そこにいた子どもたちも、怒り狂う私を見てワケがわからずポカーンとしているだけだ。きっと彼女たちが大きくなって子どもを産んだとき、当然のごとく自分の子どもにも売春をさせ、同じことを繰り返すのだろう。負の連鎖はソナガチが壊滅するまで永久に続くように思えた。
ここはインド。日本では風俗で働くことができるのは18歳からと法律で定められているが、その価値観を抜きにして考えたとしてもやりきれない。彼女たちの年齢では、まだ物心さえろくについていないはずだ。この悪しき風習をブチ壊してやりたい。本気でそう思った。
しかし、私はまだソナガチの闇の一部を見たに過ぎない。落ち込んでいるワケにはいかないのだ。こうなったら、片っ端からすべてを見てやろう。
牢屋に閉じ込められたヤク中の売春婦たち
親父の家から飛び出した後、売店で買ったコーラを飲みながらタバコを吸い、気を取り直してから散策を再開した。
客観的に見ていると意外に活気があることに気付く。外に出ている売春婦たちには笑顔があり、会話を楽しんでるようにも思える。アパートには洗濯物や布団が干してあるなど、生活感が漂っている。とても誘拐されてきたようには見えない明るい雰囲気だ。
のんびりした光景を眺めたお陰で、完全に気分を持ち直した私。どれが家でどれが売春宿なのか見分けがつかないので、ドアが開いている建物に片っ端から入ってみた。
うっかり民家に突入
とりあえずボロボロのコンクリート建てのアパートに入ってみると、薄暗くてなにも見えない……。まるで廃墟。そして部屋という部屋には扉がない。食卓と思われる木製のテーブルとイスだけの部屋。コンクリートに絨毯だけが敷かれていて、そこに寝転がっているババア。うっかり民家に転がり込んでしまったようだ。
ところが驚いたことに部屋の横幅がメチャメチャ広い。入り口が違うだけで、アパートの室内が全てつながっているようだった。
窓からわずかに入ってくる「太陽の光」、どこからともなく聞こえてくる女の罵声やうめき声などの「人の声」。暗闇のなか、次第に五感が研ぎすまされていくような不思議な感覚だった。
恐怖心を好奇心でねじ伏せ、入り組んだアパートを進んでいくと、壁がくり抜かれて鉄格子がハメてある細長い部屋を発見。珍しく扉があり、そこもシッカリと鉄格子だ。なかをのぞくと薄暗い6畳ぐらいの部屋に10人ほどの女たち。
もはや末期の生きる屍
彼女たちはみな、ボサボサの髪の毛、そしてガリガリの身体に虚ろな目。寝ている人もいれば体育座りしている子もいる。私が目の前に来ても何も反応しない。典型的な麻薬中毒者の表情だ。
彼女たちがどこから来たのかはわからない。だが、麻薬中毒なうえに監禁されていることは事実。またひとつソナガチの闇を見てしまった気がした。
しばらく散策を続けていると、鉄格子の中に売春婦がいるスタイルは、ソナガチでは定番なことに気付く。特にアパート風の建物の中では比較的多く見受けられた。
高級売春婦もいる
「ベリーグッ!ビューティフル!」と騒ぐポン引きに連れて行かれた4階建てのアパートは、外見のボロさからは想像できないほど内装がゴージャスだった。ラブホテルさながらのフカフカベッドに、売春婦が1人1部屋。キレイに着飾った彼女たちの見た目は、モデルのローラを真っ黒にした感じ。気になる売春代は3000ルピーというインドの物価では目が飛び出るほどの金額だった。
自分が牢屋に監禁されるハプニング
ほぼソナガチを見終わった頃、私好みの女性がいた。話しかけると彼女は英語が若干話せる模様。「500ルピー」。もはやソナガチでは当たり前の値段。それを承諾して彼女の後に着いていった。
先ほどまで見てきた平屋のアパートとは違い、3階立てのアパートだ。吹き抜けの作りに、至る所に置いてある洗濯機がどれも激しく稼働している。部屋に続く扉は鋼鉄製。ちょうど私の顔の位置がくり抜かれて鉄格子がハメてある。映画で見る牢屋みたいな作りだった。
「ちょっと待っててね」
そう言って私だけが部屋に通される。6畳ほどの室内。真ん中にはベニヤ板にシミだらけのマットレスが敷かれたオンボロなベッドがド~ンとある。その上には「これ騎乗位したら絶対に首が飛ぶ!」ってぐらい低い位置のシーリングファン(扇風機)が激しく旋回中。
太ったヤリ手ババアの策略?
ガチャンと扉が開いた。太ったババアが入ってきて、その横には先ほどの彼女とは別にもうひとり女の子がくっついてきた。
「500ルピーじゃ彼女とはできない。もう1000ルピーを払え。500ルピーならこっちの女だ」
私が彼女に払った500ルピーを握りしめたババアは、そう言って違う女を指す。私が指名した子はず~っと下を向いたままだ。
「話が違う。それなら俺は帰るから、その金を返せ!」
そうまくしたてるも、一向に話が進展しない。そこでババアから金を奪い返そうとした。すると、ババアが「いやーん、助けてー」と奇声を発する。次の瞬間、ボブサップ並の体格をした男性がいきなり乱入。ワンパンで私をベッドに突き飛ばした。そして、無情にもガチャンと扉を閉めてしまったのである。しかもご丁寧に鍵までかけて。
「オープン ザ ドア!」
私は叫びながらドアを蹴りまくる。しかし鋼鉄製の扉はびくともしない。見事に牢屋に監禁されてしまったのであった。だが、不思議と恐怖心は皆無だった。むしろ、これは貴重な体験をしたなぁと呑気に思いつつ、タバコに火を着ける。金さえ払えば殺されることはないだろう。私はこの状況を楽しんでいた。
「オープン ザ ファッキン ドア!」
またまた叫ぶ。遠くのほうで「1000ルピー」とババアの声。合計1500ルピー。日本円で3000円ぐらい。この押し問答に飽きた自分は了承し「OK!」と大声で答える。
すると、当初の彼女が扉を開けて戻ってきた。「ソーリー」と言って私を抱きしめる(なにこの茶番劇!)。ともあれ、監禁状態から逃れた私は、少しばかり彼女の話を聞いてみることにした。
彼女の生きる道
現在22歳でインド生まれの彼女は、10歳の頃からソナガチで働いているそうだ。親に連れてこられたと言うが、100%売られたのだろう。そういった境遇の子は他にも大勢いるらしい。また、ネパールをはじめ、他の国からきた子もいるという。5歳ぐらいの子どもから40歳ぐらいまで。
なぜ売春をするのか聞いても「生活のため」という答えしか返ってこない。どうやら給料は出ているようだ。屈託のない笑顔を見せる彼女。幼い頃から働いているためか、この異常な環境が彼女にとっては普通らしい。
現代における封建社会
ソナガチでは、人身売買や誘拐は100%あるだろう。麻薬で縛り付けている女のコも大勢いる。しかし、笑顔と活気があるのも事実だ。きっと、わずかな楽しみを生きがいにしてないと精神が壊れてしまうに違いない。まるで動物を洗脳し、調教するような扱いで女のコを管理する腐ったシステムだ。
日本では考えられないことが、この国では当たり前の日常として根付いている。経済発展が著しいインドだが、このような闇は、どんなに発展しても消えることはないのかもしれない。ソナガチで生まれ、育ち、一生を終えるであろう彼女たち。「一体なんのために生まれてきたのか」深く考えさせられた。
現代における封建社会、それがソナガチなのかもしれない。
(取材・文/Charlie)