「ぼくは妻のほかに、現在3人の彼女と交際中です。妻と恋人以外にも好きな人が何人かいます」
3人の女性に囲まれながら、目の前の男性が静かに語り始めた。彼女たちはじっと耳を傾けている。とはいえ、この場に重苦しさなどない。なぜなら全員が彼のことを愛し、受け入れているからだ。
不倫や浮気とは異なる複数人性愛
古くから性的マイノリティに関わる話題は世間ではタブーとして扱われてきた側面が少なからずある。とはいえ昨今では、レズ(女性同性愛者)・ゲイ(男性同性愛者)・バイセクシャル(両性愛者)・トランスジェンダー(心とカラダの性が一致しない者)の頭文字からLGBTと呼ばれる言葉も浸透してきた。
現在のテレビ番組では彼らの姿を見ない日はないほど。もはやそこまで珍しい存在とも言えなくなった。少しずつではあるが、社会にも受け入れられてきた感がある。
そんななかで、「ポリアモリー」という言葉はご存知だろうか?
ギリシア語の複数(poly)とラテン語の愛「amor」を組み合わせた、アメリカで作られた造語。要するに複数人を同時に愛し、性的な関係も結ぶ。このように述べると貞操観念が低く、単なる遊び人のように思われるかもしれない。
だが調べてみると、どうやら浮気や不倫とは異なる意味をもつ、新しい恋愛スタイルとしてじわじわと注目を集めている様子だ。
では実際どのように違うのか。
——神奈川県某所。ここにポリアモリーを実践している夫婦が住んでいる。
常識で考えれば、にわかに信じがたい部分も正直ある。詳しく話を聞きに行ってみた。
ポリアモリー実践中の夫婦+彼女2人
最寄り駅まで迎えにきてくれたのは、普段は出版社で編集者として働く文月 煉(ふづきれん)さん(32歳)。知的な印象の好青年だ。夫婦が住むアパートは、15分ほど歩いたところにあった。間取りは2LDK、六畳ほどの居間へと案内される。
部屋の一角を堂々と占める本棚。煉さんが編集者として携わった多くの図鑑や専門書が並ぶ。大量の文庫本や漫画なども綺麗に整えられていた。
妻のあすみさん(32歳)に加え、煉さんの恋人が2人。ポリアモリーとして三角関係どころか四角関係を築く4人が集まってくれた。煉さんの恋人は、動物園の飼育員として働くさえさん(21歳)、ホテルに勤めるけいさん(23歳)。語弊を恐れずに言えば、誰もがどこにでもいそうな普通の人たちだ。
このアパートに暮らす夫婦のもとに、ときおり彼女たちも泊まりにくる。また、以前は別の女性が同居していたことまであったという。今回の相関図をまとめるとこんな感じだ。
複雑に絡み合う恋愛関係
煉さんは妻のほかに、現在3人の彼女がいる。その一方で、妻あすみさんには旦那以外の男性はいないのだという。いったい、どのような気持ちでいるのだろうか。
「外側から見れば、私は普通に見えるのかもしれません。言われなければ、ポリアモリーともわからない。かわいそうだと思われることもあるのですが、全然そんなことはありません」
あすみさんは何の迷いもなく笑顔でそう答えた。煉さんや彼女2人も、どこか悟りを開いたような穏やかな表情で聞いている。常識で考えれば、旦那が複数の女性と性愛関係を結ぶなど、耐えられるはずがない。
そもそも、なぜ煉さんとあすみさんは結婚し、夫婦でポリアモリーになったのか。きっかけをさかのぼる。
ポリアモリーの夫婦が結婚に至るまで
夫婦は大学時代の同級生として出会った。お互いによく喋る性格。小さな学科で、さらに同じ劇団で演劇をしていたこともあり、すぐに打ち解けた。
「最初は仲の良い友人の1人という感じで、付き合うとか恋愛感情はありませんでした」
はじめての彼女Aさんの束縛
煉さんは大学1年生のときに生まれてはじめて彼女ができた。しかし、その彼女Aさんは束縛が強く、ほかの女性と会話をすることさえ許されない。
このときに「なぜそれがいけないのか?」理解できず、ポリアモリーの原点とも呼べる違和感を覚えたと煉さんは語る。
苦悩を抱えながら、それでもAさんと何年も付き合い続けたが結局、卒業後にフラれてしまう。
再会、そして恋愛へ発展
お互いにフリーだった頃、煉さんとあすみさんは再会。「恋人もいないし付き合ってみよっか」とあまり深くは考えずに付き合うことになった。煉さんは過去のつらい経験から、ゆるやかな関係を提案する。
「ずっと束縛とかはしないようにお互い話をしていました。異性と遊びにいくこともアリにしようと」
妻が浮気を告白
大学卒業後、営業の仕事をはじめた煉さん。深夜遅くまで働く忙しい日々が続いていた。一方で、あすみさんはフリーターという状況。スケジュールや生活リズムが合わず、すれ違いが起こることも少なくなかったという。そんなある日。
「煉くん、本当にごめんなさい。浮気しました」
あすみさんが申し訳なさそうに言う。会えない寂しさに耐えきれず、お酒に酔った勢いで別の男性にカラダを許してしまったのだ。当時は罪悪感が強く、みずから白状。
ポリアモリーへの1歩を踏み出した
煉さんは最初こそ戸惑いを隠せなかったが、様々なことを考慮したうえで、浮気をしたければしてもいいのではないかと考えを改めた。
「寂しくさせてしまったのは自分。ぼくがいないところでも楽しくすごしてくれるのが一番。浮気をするな、というのはこちらへの依存が前提になりますが、当時のぼくは仕事が忙しすぎた。現実的なところであすみちゃんに時間を割くことはできそうにない。そこで、好きにしていいよ、と告げました」
当時のことをあすみさんはこのように振り返る。
「もしもポリアモリーという言葉を知っていたら、浮気をした彼とも付き合っていたかもしれません。まだその頃は煉くんと認識の違いがあって、私のなかでは一過性の浮気はアリ、持続的な恋愛までは考えていませんでした。煉くんのほうは、すでに今のポリアモリー的な考え方に限りなく近づいていたよね」
当たり前の流れとして結婚
「よくポリアモリーなのに結婚したのはどうして?と聞かれますが、皆様と同じように普通の流れです。結婚した3年前、お互いに別の恋人はいませんでしたので。それに結婚の話題って、普通に楽しいじゃないですか」
当時29歳。一般的なカップルでも30歳前後のタイミングで結婚というカタチを求めるものだ。その理由は様々だが、自分たちのことだけでなく、両親から心配されるのもこの辺りの年齢だろう。さらに煉さんはこう続ける。
「結婚を考えはじめたとき、急にあすみちゃんが田舎の廃校でカフェをやると言い出した。短くて3年、下手するとそれ以上戻ってこない。すごく遠い場所で期限不明となれば、さすがに年齢的にも親を不安にさせます。そうなると、彼女が田舎に旅立つ前に駆け足で両親への挨拶を済ませ、結婚するのが自然だろうなあと。そのときはまだ、好きな人がいれば普通に結婚はするもんだと考えていたわけです」
離ればなれの夫婦生活、そして気付く
「結婚して早々、ぼくの一人暮らしが始まりました。あすみちゃんの住んでいる田舎は、片道8時間ぐらい掛かる場所で会いにいくのもひと苦労。そこまでの時間はなかなか作れません」
煉さんは、たまの休日はヒマを持て余すようになった。そんなとき、たまたま見つけた雑誌の記事でポリアモリーという言葉を知る。
「LGBTとか、いろんな恋愛のカタチの特集。そのなかに登場する1人がポリアモリーを自称していて、こんな人もいるんだと驚きました」
ずっと気になってはいたものの、それからしばらくの月日が経った頃。煉さんは、ふとポリアモリーという単語を思い出す。
「なんとなくネットで検索してみるとポリーラウンジというイベントを発見。ヒマだったので当日いきなり行ってみたら快く受け入れてくれて。いろいろと聞いて、そうか自分はポリアモリーだったのかと納得。それで後日、あすみちゃんに報告しました」
『どうやらぼくみたいなのはポリアモリーって言うらしいよ』
ポリアモリーの生きる世界
こうしてポリアモリー夫婦として新しい生活が始まった。ポリーラウンジに通い、多くの似たような悩みを持つ人々と出会うなかで、煉さんは妻のあすみさんだけでなく、複数の恋人とも付き合うことになった。
正直、最初は戸惑った
「浮気したよ、という連絡ぐらいはくると思ってたけど、まさか恋人が出来たと言われるとは思ってなかったです。正直ビックリしました」(あすみ)
あすみさんは当初、なかなか理解できなかったと振り返る。それでも何度も話し合い、ようやく受け入れられるようになったという。
「ぼくとしては、真剣にそのコたちと付き合っていたので、浮気という風には呼ばれたくありませんでした。ですので、あすみちゃんには根気よく自分の気持ちを伝えました」(煉)
あくまで1対1の恋愛が複数ある状態
考えを受け入れられたとはいえ、気になるのは実際の生活風景。夫婦と複数の彼女がいかに共存しているのか。たとえば家で寝るときはどうするのだろう。彼女のけいさんがこう答える。
「みんなで川の字になって寝ますよ。妻のあすみさんが気を遣って、煉さんと2人だけで布団を使わせくれることもあります」(けい)
あすみさんはそのことに対し、特に不満な様子もない。お互いのことを思いやれば、自然な行動だと言わんばかりだ。ともあれ、その先にあるSEXはどうなのか。
「よく勘違いされるのですが、ぼくは4人とまとめて付き合っているわけではない。1対1の関係が4人いる、という状態。もしも全員がいいよ、と言えば複数でのSEXもありえるのかもしれないけど、自動的にそうなるわけでは決してない」(煉)
これまでより煉さんはやや語気を強めた。さらに、このように続ける。
「ついでに言うと、ぼくたちって愛の量を分割しているように思われているんですよ。恋人が2人いたら、50と50に分割しているみたいに。そうではなくて、全員に対して100なんです」(煉)
隠しながら好きとは言わない
ポリアモリーは都合がいいように自分たちを解釈しているだけではないか、という議論もネットを中心に多くなされている。では、1人の相手以外と付き合うことは不倫や浮気とはどのように異なるというのか。
「不倫や浮気は隠しながらする恋愛だが、ポリアモリーは隠さない。ぼくは、自分が恋愛関係をもちたいと思ったとき、事前にポリアモリーであることやほかに恋人がいることをカミングアウトする。そして、お互いに納得したうえで付き合う。同時に、すでに付き合っている状態の恋人たちにも伝えておきます。
これが重要なことは間違いないと思う。内緒ではやらない、誰かが不幸になることはしたくない。ほかに恋人がいるのを隠しながら好きなんだよ、と言っても無理があると思う。
とはいえぼくたちがこのようにオープンな関係を作れたのは結果論であって、みんなが同じように言えるのかといったらそうじゃないことも知っています。そうじゃない人(隠して浮気や不倫をしている人)とポリアモリーでは精神性が違うから一緒にしないでくれ、ってわけでもありません。
最近のメディアでは、ぼくらが正しくて、浮気をしている悪い人たちとは違うんだね……という風に極端に取り上げられすぎている部分もあって。なかなか難しいところではあります。決して自分たちを正当化しようとしてるわけでもないんです」(煉)
子どもは欲しいが実現は難しそう
全員が納得していようが、「妻」と「彼女」では法律的な部分を含めて大きく異なる立場にある。たとえば、子どもはどうするのか。
この点について、さえさんが「結婚や出産の願望はない」と答える一方、けいさんは少し複雑な表情を浮かべながらこのように語る。
「私はすごく子供を産むことに憧れている。兄弟姉妹の多い環境で育ったので、同じようにたくさん欲しい。でも、ポリアモリーではいたいけど、SEXは嫌いなのでしたくない。面倒くさい性格なんです。そのうえ、付き合っている恋人たちが既婚者と女性なので、なかなか実現は厳しそう。体外受精も考えている」(けい)
たとえ血がつながっていなくても育てたい
ポリアモリーとして複数と付き合うことを容認していれば、もしも子どもができたときに親が誰なのかわからないという問題も出てくる。女性側とすれば、認知をしてもらえなければ悲しい現実さえも起こりうる。煉さんは男性のポリアモリーとしてこの問題をどう捉えるのか。
「ぼくも子どもを意識しないわけではありません。次の世代につなぐという意味ではむしろ育てたいと思っている……いろいろと現実的な話(法的な部分など)をぬきにすれば、たとえ子どもと血がつながっていなくてもかまいません。将来は施設を作ったり、様々な事情で子どもを育てられなくなってしまった人の手助けをしたりするのもアリだと思っている」(煉)
さらに、妻のあすみさんがこう付け加える。
「私たちで子どもを預かったりするのもアリだよね。お父さん、お母さんと必ず血がつながっていなければならない、と決めつけられているのは少し窮屈にも思います」(あすみ)
迷いや不安もある
ポリアモリーであることをポリアモリー以外の誰かに伝える。それは現在の日本では、常識や偏見なども含め、社会に逆らって生きることに等しいと煉さんは言う。何か将来への不安を抱えていてもおかしくない。さえさんは今が楽しければいいと考えつつも、一抹の不安を覚えていた。
「いまは楽しいし幸せだからこのままでいいけれど、いつか家族に伝えなければいけないときがきたら、どう言ったらいいか迷ってしまうだろう……」(さえ)
20〜30歳前後の親世代。いわゆる「当たり前」に沿って生きることが美徳された時代の人々には、ポリアモリーという新しい価値観を受け入れてもらうことは困難なのだという。
「じつはぼくたちも両親に対しては微妙です。理解してくれようとしない人に理解させることは本当に難しい。世間は認めてないでしょって言われたら、ぼくたちの理屈が通っていようがダメなものはダメになってしまう」(煉)
幸せのありかたを探している真っ最中
腕時計に目をやると時刻は22時近く。約3時間にも渡るインタビューだった。帰り際、煉さんはこのようにメッセージを残してくれた。
「ぼくたちは、モノガミー(1人だけを愛する人)を否定しているわけではなく、みなさんの恋愛観をとやかく言うつもりもありません。ましてポリアモリーになることをすすめてもいません。試行錯誤をしながら幸せのありかたを探している真っ最中。こういう人たちも世の中にいる、と受け入れてもらえる日を願っています」(煉)
十人十色の個性
十人十色。ポリアモリーを語るとき、便宜上どうしても定義を求めたがる。しかし、今回集まってくれた4人でさえ、細かい部分での認識には差異を感じた。それもそのはず。人間の考えかたが誰ひとりとして同じじゃないのと同様、それぞれに違う個性をもっているからだ。
恋愛に限らず、もしも何かつらいと感じているならば……。常識に囚われるだけでなく、いろんな角度から物事を考えたほうが受け入れられることもあるのかもしれない。