アベノミクスや1億総活躍社会もなんのその。世間では未曾有の不景気が叫ばれて久しいところだが、非正規雇用、未婚やバツイチなど、特に女性の貧困が大きな社会問題として取り沙汰されている。私の身の回りでも同様の現実に直面している例は枚挙にいとまがない。昨年の夏頃、知人の女性から久しぶりに連絡を受けた。折り入って相談があるという。

「こんにちは、お久しぶり。急に呼び出してごめんなさい」

数年ぶりの再会、変わり果てた姿……

 彼女とは仕事関係の飲み会で知り合って以来、約数年ぶりの再会だった。都内の喫茶店に現れたその姿を見て、思わず目を疑ってしまった。色褪せたパーカーをだらしなく羽織り、白髪まじりのぼさぼさヘアにノーメイクのスッピン、体型は崩れて私よりひと回りもふた回りも大きく太って見えた。かつてはキャリアウーマンとして活躍し、ルイ・ヴィトンやシャネルのカバンなど、ブランドモノを多く身につけていたはずなので、あまりの変貌ぶりに驚いたからだ。その表情は完全に疲れきっていた。

nayami

死ぬほど働いても食えないライター生活

 現在は、フリーランスのライターとして細々と活動している洋子さん(42歳、仮名)。主にWEB媒体の広告記事を1本500~1000円の単価で書いているそうだ。毎日死ぬほどの原稿量をこなしても月収はわずか10万円にも満たない。5万円の家賃はおろか、国民健康保険や年金も払えず、ついには財産を差し押さえられてしまったのだとか。

 しかしながら、私の知る彼女は貧困とは無縁の「会社経営者」だ。いったい彼女の身になにが起こったのかーー。

会社経営で年収1000万、すべてが順風満帆に思えた

ーー洋子さんは有名化粧品会社の美容部員を経て、女性ファッション雑誌の編集プロダクションに勤務。矢継ぎ早に軽快なトークを繰り出すイケイケ女史で、持ち前の愛嬌や営業力をいかして30歳のときに独立。雑誌や広告記事の制作を中心に、モデルなどの斡旋も行うメディア関係のプロダクションを立ち上げた。

1年で社員7名を抱えるまで成長

「もともと私は気が強いほう。自分よりあきらかに能力が劣る人に仕事で指示を出されたりするのがいやだった。上司の要領の悪さにイライラしちゃって。それなら自分で会社を作ってやりたいようにやるのが一番かなって」

 約10年前、メディアと言えば紙媒体が全盛の時代。仕事には困らなかったという。会社はすぐ軌道にのり、設立から1年程度で社員とアルバイトを含めて7名のスタッフを抱えるようになった。年収は今までの2倍以上、1000万円の大台を超えていた。

一般企業の男性と結婚

 私生活も順調だった。32歳のときにパーティで知り合った一般企業の会社員と結婚。無口でおとなしい男性だったが、真逆の性格をした彼女にはちょうどよかった。彼の年収は350万程度。決して満足な収入ではないが、そのぶん自分が稼げばいいだけの話。そう割り切れるほど彼女の仕事は順調だったのだ。

Happy-wedding

旦那と離婚、出版不況の果てに廃業

 すべてが順風満帆に思えた頃。結婚をしてから約2年の月日が過ぎていた。

「仕事を頑張りすぎ土日もほとんど休みがなく、プライベートの時間がなかった。子どもを作ってる余裕なんてあるわけがない。でも、旦那はそれが不満だったみたい。急に離婚届を突きつけられて。こっちとしては旦那のために働いているつもりだったけど、結局、理解してもらえなかったんだと思う。あっさり離婚しちゃった。その頃かな、会社まで傾きはじめたのは。悪いことって続くのよね」

大きな広告プロジェクトが破綻

 数ヶ月の間、社員の総力をあげて取り組んでいた広告のプロジェクトが吹っ飛んでしまったのだ。作っていた制作物が世の中に出ないとなれば、報酬は支払われない。洋子さんは経営者として、あらゆる手を使って発注元に食い下がったが、少しばかりの金額を補填してもらえただけで、大部分はどうにもならなかったのだという。小さなプロダクションにとっては、たとえ100万円程度の未払いが発生しただけでも収支の面で大きな痛手となる。

会社が倒産、ストレスで激太り

 さらに、ここ数年の出版不況が追い打ちをかけ、ギャランティの大幅な引き下げを皮切りに、手がけていた雑誌のほとんどが潰れてしまう。会社は自転車操業の末、社員への給料はおろか、外注スタッフへの支払いまで滞ってしまった。洋子さんはポケットマネーから切り崩してなんとか回している状態だったが、次第にストレスで精神を病んでしまう。暴飲暴食の結果、体重は20キロも増加。もう限界がきていた。彼女は40歳にして貯金がゼロになり、会社をたたむことを決めた

風俗で働くことを決意

「今日相談したかったのは、あんまり人に言えない仕事のこと。いったん会社で社長までやると、いまさら人に頭を下げたり普通のOLには戻れる気がしないの。かといって、安い単価でWEBの記事をライターとして書いてるだけじゃ生活は苦しいままだし、どうしたらいいのかなって」

 彼女は、ここしばらくの間はキャバ嬢もやってみたそうだ。だが、若い女のコと一緒に並べられたり深夜働くのは年齢的にもキツかったのだという。

「それで……もう風俗しかないなと。でも風俗の業態とかよくわからないし、性病のリスクもコワいから安全なジャンルとかオススメを教えてほしいの」

 私は、これまでに様々な風俗店を取材してきたが、どのジャンルであろうと働く女性側は非常に大変なことを知っている。それでもいいのか何度も彼女に問いかけたが、このままでは生活がもたず背に腹は代えられないという。そこで、基本的には性病のリスクが少ない(と思われる)オ●クラを紹介することにした。

オナ●ラとは

オ●ニークラブの略。「股間をシコシコする行為を女性に手伝ってもらいたい」という殿方のニーズに応えたライト風俗と呼ばれるジャンルの一種。ソフトサービスをウリに3000~5000円程度の低価格から楽しめるので、近年のお財布事情に厳しいサラリーマンから人気を集めている。また、そこで働く女性としても「脱がない」「触られない」「舐めない」の3ナイで、身体的負担も少なく働きやすいと評判

オ●クラの面接で早くも挫折

 洋子さんとはその後も頻繁に連絡を取り合った。求人情報を見てこの店は大丈夫そうなのか、など。そして、ついに彼女はインターネットで稼げそうな店を発見し、応募にいたる。『副業感覚でOK! 週3で月収30万円以上の仲間がたくさんいます』というキャッチコピーに釣られたようだ。

Kabukicho

「場所は都内某所にある雑居ビルで、面接を担当するスーツ姿の男性は、自分よりもはるかに若い20代前半。面接官のノリは軽く親しみやすい雰囲気。今まではあまり人に言えなかった自分の置かれている身の上話やキャバ嬢をしていた最近の愚痴で盛り上がりました。そうした簡単な雑談の後、アンケートの記入を求められたのですが、自分でオプションのプレイ範囲を決めるそうです。基本プレイは男性の股間を手でしごいてあげるだけ。そのぶん、オプションにはいろんな種類がありました」

  • パイ揉み
  • 上半身裸
  • 下半身裸
  • おしっこ
  • 肛門責め(お客様の)
  • ゴム手袋

 など多数の項目がアンケートに書いてある。とはいえ、男性側から触られたり自分が裸になることはできそうにない。どこにチェックを付けるのか迷っていると、面接官の表情は先ほどとは一変して厳しい口調でこう言った。

「ぶっちゃけ容姿は厳しいですし、アラフォーという年齢もネックです。オプションをどれだけ付けられるかが、あなたがどれだけ稼げるかのカギになると思いますよ!」

 しぶしぶと項目の最後、ゴム手袋にチェックを入れてみたところ、その理由を尋ねられたので「衛生面で良さそうだから」と彼女は答えた。すると、さらに面接官の男性はまくしたてる。

「これだからキャバ嬢あがりの女はダメなんだよ。オ●クラは単なる遊びじゃない。会社で社長やってたのかもしれないけど、相手のことを全然考えてないじゃん。衛生面うんぬんって完全に自分目線だし。あくまでお客さんが楽しんでくれるかどうかが大事。世の中にはゴム手袋の感触が好きっていう男性もいるんだよ!」

 洋子さんは、ぐうの音も出なかった。40歳を過ぎて、まさか20代前半の若造に世の中まで語られて説教されるとは思ってもみなかったのだ。

「正直オプションがゴム手袋だけだとほとんどお客さんも付けられないけど、どうします?」

 彼女は意気消沈しながらも、とにかく働かないことにはお金が稼げない。あまり気は進まなかったが、とりあえず項目のすべてにチェックを付けた。こうして無事に面接が通り、次の日に昼番として10~17時まで体験入店してみることにした。

1日でもらえた金額はわずか4000円

「翌日の朝、事務所で具体的な仕事の流れを確認した後、すぐに店舗に移動して四畳半ほどの小さな個室に押し込まれました。ベッドの横が鏡ばりになっていて、なんだか安くて小汚いラブホみたいな。仕事用のネグリジェに着替えて、お客さんが来るのをベッドのうえでじっと待っていましたが、平日の微妙な時期だったこともあるのか、いっこうに内線の電話で呼ばれる気配もありませんでした」

 なにも起こらず、もうすぐ昼番の終了時間である17時を迎えてしまう。まったくお金が稼げずに残念に思う反面、安堵感も入り交じった複雑な気持ちだったという。そのとき、突然プルルルルと内線が鳴り響き慌てて受話器をとった。

「お客さん1名入ります。オプションはゴム手袋で20分。それが終わったら今日は上がって大丈夫だよ」

初めての客と対面

 これから風俗嬢としてはじめてのお客さんと対面する。入り口の前に立ち、いつでもお客さんを迎えられる準備をした。深呼吸をしてから気分を整える。すると、ゆっくりと扉が開いた。

よくわからないブランドのTシャツを着たメガネの男性が入ってきた。

「多分、20代の後半ぐらいかな。声も小さくてぼそぼそと喋るから聞き取れない。こっちもなにを話したらいいのかわからなくて、気まずい感じでした」

 しばらくすると、向こうは慣れているのか自分でパンツを脱ぎ、丸出しの状態でベッドに寝転んだ。

「アレのサイズはあまり大きくなかったけど、なんか勝手に勃ってましたね。ゴム手袋をして、しばらくの間は無心でしごき続けました。最後の10分ぐらいになってからローションを使ったらすぐに逝っちゃってました。少し時間が余ったんですけど、特に話すこともなく、なんかむなしかった。自分、ここでなにやってるんだろうって。結局、お金もあんまり稼げなくてすぐに辞めちゃった」
 
 その日もらえた金額はわずか4000円だったという。お客さんが1人だけだったにしても、9時間拘束されていることを考えると割には合わない。コンビニでバイトをしたほうがよっぽど稼げるだろう。

デブ専向けのパーツモデルに

 もっと手っ取り早くオ●クラなどで大きなお金を得るためにはオプションを豊富にするか、あるいはヘルスやソープなどの本格的な店で働くか。しかしながら、洋子さんは元来プライドが高く、男に媚びることは苦手なタイプ。ここ以上のサービスはできないだろう。どうしたらいいのか名案が出せないまま、数ヵ月が過ぎていた。そんなある日、しばらくぶりに洋子さんから着信があった。

「どうも、元気にしてますか。実は悩んだけど、実家に戻りました。でも、年金暮らしで収入のない両親に甘えているのも申し訳なくて。今も厳しい生活が続いているけど、WEB記事のライターをやりながらパーツモデルをしてなんとか頑張ってます。1回の撮影で3万円近く稼げるんです」

Parts model

 電話で話しつつ、彼女に教えてもらったURLを閲覧すると、良く言えば巨乳やぽっちゃり、悪く言えばデブ専門。胸の谷間や脚、ランジェリー姿などが掲載されているニッチな層に向けた写真素材のサイトだった。正直、それを見ながら「セクシーですね」と答えるのが精一杯である。

出口の見えない厳しい現実

 さておき、身近な女性でさえ、こういったギリギリな生活に追い込まれているということは、日本中で多くの人が同様の状況にあるはずだと実感した。彼女の場合は帰れる実家があった。しかしそうもいかない人も多いだろう。もはや誰もが無関係とは言いきれない。私自身もライターという不安定な仕事をしており、将来について一抹の不安がよぎった。

最後に、彼女に対して野暮だとは思いながらも今後について聞いてみた。

「もう自分で会社を経営するのはコリゴリだけど、また結婚はしたいと思っている。たまに婚活パーティに参加して、お金持ちの男性を探すのが今の唯一の楽しみかな。それじゃまたね」

 洋子さんがため息まじりにそうつぶやくと、電話は静かに切れた。
 
happy

写真提供: TOKYO FORMHiroaki Maeda

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